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(8/27)ネパール便りVol.28〜ダイレク郡のディディ、バヒニ達〜 [2014年08月27日(Wed)]
みなさま、ナマステ。ネパール駐在の小川です。
ネパールは雨期も半ばとなり、暑い日が続いています。雨期といっても日本の梅雨のようなジメジメした感じはないので過ごしやすく、雨の間に照りつける日差しは標高が高いからか、日本よりまぶしいような気がします。

さて、2012年度にダイレク郡で行なった母子保健事業が完了してから約一年が経ち、建設したお産センターからはいろんなニュースが入ってきます。
そこで今回は、ダイレク郡からの新しい命の誕生報告をしたいと思います!


≪バイリカリカトゥム村のマンクマリ・タパさん≫
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(自宅にて、生まれたばかりの娘を抱いて)


ここでご紹介するマンクマリ・タパさんは、ややご年配にも見えますが35歳。なんと、抱っこしている赤ちゃんのほかにも8人もの娘さんがいます。今までの8人の子ども達は、自宅の隅っこで産んだり、農作業中に産んだりしていたそうです。
9人目になるこの子は、マンクマリさんにとって初めてお産センターで出産介助師の介助を受けて出産した子になりました。9人目なので出産には慣れていますが、家で産むのとは違い安心感があったと話してくれました。


photo2.JPG


生まれた直後の娘さん。ネパールでは生後6か月ほど経ってから正式に名前をつけるため、それまでは「ナヌー」(小さい女の子)もしくは「チョリ」(娘)と呼ばれます


≪カリガイラ村のスニタ・スナールさん≫
photo3.JPG
(スニタさんと息子さん、自宅にて)


スニタさんは21歳です。2014年のはじめにお産センターで二人目となる男の子を出産しました。一人目は自宅から徒歩で3時間ほどかかる場所にあるお産センターで出産しましたが、二人目の出産時には、家のすぐそば(と言っても山道を徒歩30分)にこの事業で建設したお産センターがあったため、そこで写真に写っている男の子を産みました。
近くに新しいお産センターができたため産後健診にも頻繁に行けるようになり、子どもが病気になってもすぐに見てもらえるので安心です、と話してくれました。


≪カリガイラ村 ラチミ・マッラさん≫
photo4.JPG
(右から、この村の出産介助師、赤ちゃんを抱っこするラチミさん、ADRA Japanスタッフの石橋、ADRA Nepalスタッフ、カリガイラ村の簡易保健所の責任者。ラチミさんの家の前にて)


ラチミさんは19歳で、写真で抱きかかえている赤ちゃんが二人目の子どもになります。一人目の出産時は自宅で義理の母に手伝ってもらって出産をしたそうです。その際は産後の出血がひどく、5時間かけてダイレク郡で一番大きな病院にストレッチャーで運ばれました。ところがその病院でも十分な治療を受けられず、そこから車で6時間かかる地方都市ネパールガンジの病院に転送されることになってしまいました。その時は本当に「死んでしまう」と思ったそうで、今でも思い出すと怖いとおっしゃっていました。
一人目の出産で大変な思いをしたラチミさんは、二人目の時にはお産センターで出産をしたいと家族に話をし、自宅近くのお産センターで出産することにしました。この後に紹介する出産介助師のマヤさんのもと、備品がきちんと整っているお産センターで出産できたので、とても安心できたとおっしゃっていました。また、マヤさんが自分と赤ちゃんのことをいつも気にかけてくれることがとても嬉しい、とも話してくれました。


≪カリガイラ村 出産介助師 マヤ・スナールさん≫
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(産前健診を行なうマヤさん)


マヤさんはカリガイラ村の出産介助師として2010年から働きはじめ、今年で4年目になります。マヤさんからは「ここで生まれる子どもが初めて見、感じる景色がお産センターであり私です。この世界に生まれてきてよかったと思ってもらえるような環境を整え、きちんとした仕事をしなければいけません。以前は高度な出産技術もなく、感覚だけで出産介助をしていました。でも、ADRAの出産介助研修を受けてからは赤ちゃんが仮死状態で生まれてきた時に母子を救うための対処や、通常分娩以外の出産への対応もできるようになりました。ADRAの支援のおかげで、出産介助に必要な備品もそろいました。出産介助師として、自分の住む村のディディとバヒニ(ネパール語でお姉さん、妹さんの意。親しみを込めて、家族以外にもこう呼びかけることがある)の健康を守るためにも、責任をもって仕事に取り組んでいます」といった頼もしい言葉を聞くことができ、ADRAスタッフ一同、感激しています!

ADRAの母子保健事業は、志の高い村の出産介助師にも支えられ、村のディディとバヒニ達の健康を着実に守っています。もっとたくさんの小さな命がお産センターで生まれますよう、願っています。

(執筆:ネパール担当担当 小川真以
Posted by ADRA Japan at 15:50 | ネパール便り | この記事のURL