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カンボジアでの国際協力。日本財団「伝統医療普及事業」

ASEAN各国にある、その土地に根ざした伝統医療リソースを活用し、
医療アクセスの悪い地域で最低限の医療を受けられない人々の
医療環境と健康増進を目的に活動しています。
伝統医療人類学:チェンライ・タイ伝統医療大学 [2011年12月29日(Thu)]
チェンライ空港でプラカードを持って出迎えてくれたのは、チェンライ・ラナバッタ大学伝統代替医療学校のDr. kanyanoot副学部長。これまでメールでのやりとりを行ってきたが、不覚ながら相手は若い女性だった。さらにはDr. Yingyong学部長の娘さんだと言う。タイ伝統医師教育では、数年前に大学ができた、と聞いていたが、Dr. kanyanootは、タイで唯一の伝統医療調査分野の博士(Ph.D.)であるという。

この大学の興味深いところは、伝統医療を人類学の視点から研究し、実際の地域医療にその研究結果を還元し、コミュニティーの活性活動をしているという点である。



アメリカの基礎医学研究を追随する日本を含め、一般的に現代医学の尺度において伝統医療は非科学的であり、医療サービスに加える条件を満たさないと見られている。いわゆる「エビデンス・ベースド・メディスン」の厚い壁である。多くの伝統薬は個人の体質によって、症状の改善がゆるやかで、また、その効果には個人の体質や状態によって大きなバラツキがある事から、なかなか科学的な証明をする事がむずかしい。


しかし、現代薬における副作用の問題、新薬開発費や医薬品の値段の高騰といった問題から、特に途上国においては、行き過ぎた安全基準を見直す傾向が見られるようになった。限られた予算の中で、増え続ける国民の健康を守るためには、あまりストイックな事を言っていられなくなったからである。そこで注目されたのが地域で数百年前から親しまれている伝統薬の活用。もし科学者が言うように思い込みや、暗示的なもの、危険性のあるものであれば、これら伝統医療は、すでに淘汰されてきている筈である。実際に数百年使われてきた薬や療法が、コミュニティーの中でどのように活用され、どれくらいの人々に指示されてきているか、という研究は、化学的には満たない証明を保管する事ができるだろう。それがフィールド調査を中心にした民族学であり、長年私自身、そのような研究をしたいと考えていた。

Dr. YingYongのチームは、その地域の伝統医療従事者を訪ね、特に熟練の伝統医療師を対象に調査を進めてきた。チームは、そのデータを無形伝統遺産として扱い、成果を出版物として形にした。その結果は、大学教育のテキストとし次世代の後継者の育成、地域ヘルスセンターでのービス、観光産業の新しいオプション、などに還元され、タイ北部のコミュニティーの活性と文化復興に役立てられている。


学校は、39年の歴史をもち20,000人の学生が通う巨大なチェンライ・ラジャハット大学の中、湖のほとりにある。タイ伝統医療医師コースは今年で10年目。約1200名の伝統医療医師を輩出してきた。タイでは一般に2学期制のところを3学期制にすることで、6年分に相当するカリキュラムを国で規定されている4年間に凝縮している。1学年は3クラス(各学生40人)。さらに修士コース、博士コースも用意されている。大学4年生になると契約している10のクリニックで実習を行う。

カンボジアからの来訪者に対して、学部長、副学部長、4人の講師がテーブルを用意してくれた。そこからは、お互いのバックグラウンドや調査経験について延々と終わりのない会話が続いた。元々個人的に興味のあった領域だけに、話は、今回の調査の手段として、私自身が博士課程の学生となり共同でリサーチを進めていこうという話にまで脱線していった(!?)いつかは、カンボジアからもぜひ学生を送り込みたい。


結論としては、今後もカンボジアの調査にたいしスーパーバイズしてくださる事を快諾してくれた。共同調査は大学側にもメリットがある。

今回、調査に関し漠然と遠いゴールに向かって、始めようとしていたが、CaTHAのメンバーの中から、アンケートと聞き込みをとおして熟練のクルクメールを選抜し、調査対象を絞り込むという次の調査段階に向けた当面の目標ができた。

タイ伝統医療視察1日目 [2011年12月28日(Wed)]
4月に正月を祝うカンボジアでは、年の瀬も押し迫った感は、全く感じる事が出来ない。伝統医療師で結成したCaTHA(カンボジア伝統医療師協会)のメンバーは、会員を対象に伝統医療師に関する基礎データを収集するべく調査の準備を進めている。

今月は、在学生50名を対象にアンケートを実施しながら、1月からの本格的な地方でのサーベイのための質問項目に改良を加えている。その一環として、タイのチェンライ・ラジャバァット大学/伝統代替医療学校(The School of Traditional and Alternative Medicine, Chiangrai Rajabhat University)を訪ねる事にした。

この大学のDr. Yingyong教授率いるグループは、カンボジア同様に残存する医学文献が少ない中、タイ北部のラナ地方の少数民族の中に根付く伝統医学大系を、インタビューを中心に調査し、体系化するという事業を実施している。
この手法が、これから実施していくカンボジアのクルクメールへの調査に活かせると考えた。

早朝のバンコク発チェンライ行き飛行機に乗るため、バンコクで1泊とることにした。保健省敷地内にあるDevelopment of Thai Traditional and Alternative Medicine (DTAM) は、つい先日、鍼灸研修の視察のために立ち寄ったばかりであったが、なんと携帯電話を公用車の中に忘れてくるという不始末をしでかしてしまい、可哀想な携帯電話の回収がてら頭を掻きながらの再訪問である。
マヒドン大学付属 50周年記念医学センター内の伝統代替医療ユニット

折角バンコク郊外にまで足を運ぶのであるから、伝統医療関連施設を半日視察できないかと、前回北京出張中でお会いできなかったアンチェリー副局長にアレンジをお願いしたところ、DTAMが計画していた、タイで最も歴史のある大学のひとつである、急遽マヒドン大学付属の [50周年記念医学センター(Golden Jubilee Medical Center)] への訪問に同行させていただく事となった。

タイで始めての医学部を立ち上げた公立大学として知られるマヒドン大学は、現在21校ある伝統医療大学コースに先駆け、4年生のカリキュラムを実施した始めての大学である。実のところ、日本財団に提出したはじめての企画書(提案書)がマヒドン大学と提携して進める鍼灸研修だったこともあり、始めての訪問にも関わらず、かなり一方的ではあるが親しみを持っていたりする。

50周年記念医学センターでは、現代医療のサービスと共に、伝統医療サービスが実施されており、3階には中国医学(鍼灸)、2階にはタイ伝統医学、1階には足底反射療法(リフレクソロジー)のブースがある。

まずは3階の中国医学ブースへ。一般に中華系の人々が多く住んでいる殆どの東南アジア各国および先進国においては、鍼灸は政府でTCM(中国伝統医学/中国系の伝統医学)として認知されている。「鍼灸は国際的なもの。日本では5世紀からの長い歴史を持ち。。。云々」と主張したところで、日本の伝統医療がKANPOであると知る情報通の政府高官はいても、鍼灸が“それ”に含まれていると知る人はまずいないだろう。
鍼灸の研修をうけた医師と伝統医療医師が治療に当たる

6部屋38床。常勤4名、パートタイム4名の施術者が鍼灸治療に当たっている。治療に当たっているのは伝統医療医師と医師である。案内してくれたAmpornさんも医師であり、政府保健省が主催する3ヶ月間の鍼灸研修をうけたという。一日に60〜70人の外来患者が訪れる。費用は350バーツ(約870円)内100バーツを政府が負担する。パルス(電気鍼)はオプションで80バーツの追加が必要。このブースでは鍼灸の他、推摩(ついな)、ホメオパシーが受診できる。治療時間は約30分。運動器系の患者が殆どで、治療は置鍼が中心である。

2階のタイ伝統医学ブースでは、伝統薬の処方およびタイマッサージと暖めたハーブの入った袋を使ったパッティングが受信できる。マッサージ治療は300バーツで、政府が250バーツを負担する。残念ながら外国人の場合全額実費での治療となる。パッティングはオプションで80バーツ。政府は医療の現場で代替医療としてタイマッサージを推奨しているが、慰安目的の受診者が多く(多いに予想できる)医療費削減策になっているか疑問視されていると言う。
タイ日本足ツボ技術交流!?

1階のリフレクソロジーのブースは今年10月に設置されたばかりだと言う。伝統医療大学のカリキュラムには、まだリフレクソロジーの授業は含まれていない。観光者向けに人気のあったサービスが今やタイ人の間にも普及したという事だろう。日本でのリフレクソロジーが普及した過程を考えると納得だ。本日の視察は、これが最後。時間もあり受診の勧めもあったので、お言葉に甘えて。。以前、日本でリフレクソロジーの指導を行っていた事を話すと、今度は逆に施術を頼まれ、日本―タイ足ツボ技術交換会となり、たいへん喜んでいただいた。「昔取った杵柄」である。

DTAM(タイ伝統代替医療開発局)のアンチェリー副局長は、アメリカで薬学の博士号をとったチャーミングなオバさま。国際会議の中ではいつも、シンプルで明瞭なプレゼンをしていて、一度お話を伺いたいと思っていが、面識はあったものの、ゆっくりと話をする機会に恵まれなかった。視察が終わり、郊外の保健省から彼女の自宅近くの市街地まで車で送っていただくことになった。

ちょうど先日、日本財団伝統医療担当中嶋さんがタイを訪れ、すでに話を進めてくれていた様で、カンボジアの事情も良く把握されていた。カンボジア保健省はタイ保健省に対し、高校新卒者の伝統医学大学の受け入れを打診しているのだが、カンボジア側の制度が進まない状況を考慮すると、卒業後の進路に保証がない。そう考えると、伝統医療体系の近い隣国同士での共同研究は、双方の国の状況が違っても、お互いににメリットが見込める、という話で盛り上がった。

タイ伝統医学の問題点についても話題に。教育制度については、元々寺院などの寺小屋で教えられていた講義が4年制にまでなったが、25校いずれの大学も、それぞれの校風があり、なかなか統一したカリキュラムを作るのが困難であるという。また幾つかの新しい大学では、ビジネスになるという理由で開校されているものの、専門の講師陣をもっていないそうだ。

タイは伝統医療における、東南アジアの優等生という印象があるが、急速な成長の中でエリートなりの問題も抱えているようである。



ミレニアム開発目標 [2011年12月15日(Thu)]
途上国の開発業界でよく耳にする「ミレニアム開発目標」というのがある。貧困問題をとりまく教育、医療、人権、環境、制度などの諸問題に一定の目標を設定し2015年までに世界中から貧困を撲滅しようと言う目標で、2000年に採択された国連ミレニアム宣言と、1990年代の主要な国際会議やサミットで採択された国際開発目標を統合してまとめられたものである。


医療分野においては、
@幼児・妊産婦死亡率の減少、
Aエイズ蔓延の阻止、
Bマラリア等の感染症発生率を下げる
事の3点が挙げられている。Aについてはコンドームの普及や血液検査のキャンペーン、Bについては環境整備や地方教育等の活動が功を奏し短期間に効果を上げているようだ。しかし@については、医療者の数の不足や人材育成に時間を掛ける必要もあってか、開発目標の中でも難航している様子である。カンボジアにおいては、かろうじて目標は達成したものの周辺地域に比べると、まだまだ死亡率が高いため保健省の最優先事業となっている。

おそらく2015年までは、この「ミレニアム開発目標」が「貧困脱出」の一番の目安となり、今後益々ラストスパートに向けて、この数字を少しでも高める事が途上国とドナーとの間での共通目標になるだろう。この目標が世界中の開発におけるスローガンとなり、各国の開発の指針となってきた事は間違いないだろう。しかし細部を見た時に数字のみがフォーカスされている事は否めない。ある国では、乳幼児死亡率を下げるために多少のリスクがある妊産婦には、積極的に帝王切開による出産を推奨し、貧困のリスクを下げるために出産を終えた女性に避妊手術を勧めていた。賛否両論ではあろうが、長期におけるQOL(生活の質)を犠牲にしているようにも思える。

途上国で伝統薬が見直されている背景には、現代薬の副作用という問題がある。安価な現代薬が普及する中で、村人に正しい使用方法が伝わらないために起きている。また乳幼児死亡率を下げる取り組みの中で、現代医療が推奨され、もともと各地で活躍してきた伝統産婆の手による出産を全否定する傾向も見られる。現実的に出産にかかる費用の高騰が起こっている。

2015年を機会に、開発目標の数字の陰に隠されたQOLへの問題に関して、多いに議論をもつ機会が増える事を期待している。
タイの鍼灸事情 [2011年12月07日(Wed)]
バンコク郊外にあるタイ保健衛生省を訪ねた。2度目の訪問である。
保健省の省庁自体が一つの街?同じ建物が並び今回も迷子に。。。

先日開催されたASEAN伝統医療会議からの帰り、バンコク行き航空便の待ち時間を共にしたタイ保健省代表団のアンチェリーさんから、タイ伝統代替医療開発局の中には、タイ-中国医学東南アジア研究所(Southeast Asian Institute of Thai-Chinese Medicine)があり、そこでは主にタイ国内の鍼灸を管轄し研究が行われているという情報を得た。今回タイに立ち寄った際、早速、研究所のYanchit所長を訪ねた。

タイ国内の中国伝統医学を国民医療に活用する目的で1995年に研究所としてスタートし、これまでに上海、天津、成都の大学と提携。鍼灸の研修は、西洋医学の医療従事者(医師、理学療法士)を対象に、3ヶ月(13週間)のコースを、過去13年間で26クラス、1300人に対し実施してきた。修了者が全国で活躍しているという。3年前に始まった5年間の伝統医師コースの卒業者の数は僅か388人。 研修をコーディネートする 医師は、鍼灸コースを受講した医師を中心とした1300人が伝統医療のネットワークと伝統医療の臨床への応用への自信が現在のタイ伝統医療普及活動に大きく影響しているという。
タイ-中国医学東南アジア研究所の門構え。来年は新庁舎に引っ越しとの事。

定着する鍼療法にも問題はある。タイでは医療費無料の政策のもと病院では材料費も含め1回の鍼治療を100バーツ(約250円)で実施しているという。中国製の鍼の価格相場は1箱100本入りで120バーツ(302円) 韓国製の鍼が160バーツ(403円)で手に入る。一度の治療で鍼を使い捨てすると、約20本の鍼の使用で24〜32バーツ(60.5〜80.6円)かかる。差し引くと診療報酬は、薬代に比べると僅かである。病院経営の視点から言うと、どうしても治療の効果があると解っていても利益のある薬を出す医師が多くなる事は万国共通である。

鍼治療にもそれなりの営業努力を必要とするのもまた、万国共通に違いない。安全性を高める話をする中で、手元にあった私が普段使用している日本鍼のサンプルをお見せした。実際に手に取ってみるのは始めてという事で、その細さと緻密さに席上の3人とも驚いた模様で「このような細い鍼をどのようにして刺入するのか?習得は困難に違いない」という質問があった。

タイは、今や途上国のレッテルから脱却し中途国として、国内外から、よりクオリティーが求められる社会へと移行しつつある。医療に関しては観光産業とのコラボレーションもあり先進国からの患者を取り扱う高度医療が発達し、今や内視鏡や抗がん医療分野を除いては日本の医療水準を上回っているという。もちろん国内では所得格差の問題から、すべての国民が高額医療を受けられるわけではない。それを支えるのは伝統医療の使命である。

鍼の話に戻るが、国が豊かになると施術に関しても、より繊細な刺激の治療ニーズが高まる傾向がある。一般に太いとされる中国鍼を扱う中国の企業も、日本をターゲットとして日本でも通用する精密な細い鍼を製造するようになってきている。
タイ語に訳された鍼の国際標準を示したガイドライン

世界情勢の話題がつきないASEAN各国の経済発展は目を見張るものがあり、伝統薬の製品パッケージだけを見ていても、その変化は明らかに国際水準が意識されており、ついつい手にとって見たくなるほどである。私の専門が鍼灸であるだけに、現在中国鍼の使用が主流のASEAN各国の鍼に関するニーズの変化に注目している。
カンボジア伝統医療のテキスト作り [2011年12月06日(Tue)]
国内の伝統医療に関する資料も未だ未整理のまま

伝統医療研修校の卒業生であるクルクメールで設立したCaTHA(カンボジア伝統医療師組合)は、カンボジア伝統医療師の実態調査の準備に取りかかっている。

国のどのような場所に、どのような年齢層の、どのような伝統医療従事者(クルクメール、生薬販売、ほねつぎ、伝統産婆、中医、 祈祷師)がいるのか、どのような生薬を利用しているのか、どのような病状を取り扱っているのか、専業なのか副業なのか、など、政府が1979年に伝統医療局を設立してから、とっくに調べていそうなものであるが、このようなデータが殆どない。2008年に国税調査の職業調査の中で調べられたデータはあるが他のデータ同様信頼性に欠くものである。

保健省は、伝統医療の育成コースを設置する手続きに躍起になっているが、未だカンボジアの伝統医療自体が何者かも解らないまま学校を始めて、果たして何を教えようとしているのだろうか。教育者育成のためにタイやベトナムの伝統医療大学に高卒者を留学させたいと申し出ているが、4年後、大学卒業仕立ての若者に、タイ伝統医療やベトナム伝統医療の講義を行えというつもりなのだろうか?

保健省伝統医療局スタッフと伝統医療に関するテキストの作成のための調査を促すも、調査には調査機関に依頼し、最低大学修士以上の専門チームでなければ不可能。そのためには20,000ドルの調査費が必要だという。。。

CaTHAには、もちろん調査の専門教育をうけたものはいない。全国の5カ所に足を運び、250人のCaTHA会員から、自分たちの地域の状況をアンケートとインタビューで地道に伺っていくという方法である。費やす予算は3,700ドル。
先日、私が担当した、日本財団の伝統配置薬事業を紹介する事業の中で、在校生のクルクメール達に、この調査の取り組みを紹介したところ、学生の一人が「自分たちクルクメールの手で、カンボジアの伝統医療に関する資料を作りたい!」という発言をした。
地方にある薬草園も未整備ながら薬草の数は増えた。次はどう整理するか。これも生きたカンボジア伝統医療の資料だ。

保健省伝統医療局では、カンボジア全体の問題でもある人材不足が悩みの種であり、スタッフに伝統医療の専門家が一人もいない。その人たちに果たして伝統医療を国民のために復興させたい!という情熱をもって働いている職員が何人いるのだろうか。

この国においても、おそらくは遅かれ早かれ伝統医療事業が国民医療として根付く日が来る事だろう。その時のためにもカンボジア国内の伝統医療に関する資料の整理、テキストの作成、サンプルとなる薬草園の整備は、今始めておかなくてはならない最優先課題だ。簡単な事ではない。しかし伝統医療に命と人生をかけているクルクメール達の情熱があれば、この難事業も近い将来、達成できる事であると信じている。
村のクルクメールが研修に参加していない理由 [2011年11月24日(Thu)]
各地の卒業生を訪ねていて思う事。そもそも我々の活動は、薬のアクセスの悪い、地方の村で活躍するクルクメール(伝統医療師)の活動を支援する事なのであるが、実際卒業生を訪ねてみると多くは期待しているよりも、かなり町中に店舗をかまえていたりする。

店内には所狭しと中国伝統薬の薬棚が整然と並ぶ

今回コンポンチャム県の中心街で伝統薬の店を構える、卒業生Sovanさんを訪ねた。取り扱っているのは中国伝統薬。店内には、所狭しと薬棚が整然と並んでいる。生薬の一部はカンボジアで入手した物であるという。プノンペンのオルセー市場の外れにも中国伝統薬を取り扱う店舗が集中した場所があり、オーナーの数人は研修校の卒業生である。

カンボジア保健省伝統医療局では、中国伝統医学もまた、カンボジア伝統医学の一端を担っていると発表しているが、今の時点で政府にも民間にも中国伝統医療に関する団体は存在しない。コンポンチャム県で中国伝統薬を取り扱っているのはSovanさん只1人で、中国語の本から知識を吸収しているのだという。

そこで、今期、研修校は午前中のみのスケジュールであるため、午後は誰も教室を使っていない。CaTHA(卒業生と在校生)会員のための活用を考えている事を話すと、ぜひ中国伝統薬を扱っている会員で勉強会を開きたいという。自主的な活動の申し出は大歓迎である。我々としてもカンボジアの中国伝統医療の特性を知るきっかけとなる

しかしながら、話は戻るが我々がターゲットとしているのは、街の伝統小売店を営むクルクメールではなく、医療アクセスの悪い村人の健康を支えているクルクメール達。受験募集の際には、保健省から地域の保健所に告知が行われ、各村にまで宣伝が行き届くことになっている。
薬のアクセスが悪い、こんな村がターゲットであるのだが。。。

国道から20キロほど入った村のクルクメールを訪ねた。研修校の事は知らないという。この村のヘルスセンターを訪ねたが、留守で村人に聞いても、ヘルスセンターの給料は安いので、センターのスタッフも他の仕事のために不在の事が多く、訪ねても薬がないことが普通にあるという.政府の発表では全国の村に1000件のヘルスセンターが設置され、そこで村人は薬が入手できる事になっているが、実際の村ではサービスが徹底していない。おそらく研修校の告知も、県レベルで止まっているのではないだろうか。

早速、CaTHA会員全員が各県のどのような地区で、どのような医療環境の中にあるのかを調べる計画を始めた。


また、この村のクルクメールに研修校の説明と、研修期間中の生活支援手当について説明をしたのだが、話していると少し渋い顔をした。生活支援手当の額は、物価の高いプノンペンで自分が食べていく分には良いかもしれないが、それでは不在の間、村の家族の生活を支えられないという。研修期間中、街のクルクメール達は家族に店番を頼んできているようだが、村のクルクメールの大半は農業に従事しており研修校に参加しているクルクメール達とは事情がちがうようだ。

今回の調査地に近い状況に近い村から参加している在校生に詳しい状況を聞いていく予定である。
ブータン国王からの贈り物 [2011年11月20日(Sun)]
asahi.com
ブータン国王夫妻の訪日がマスコミを賑わせ多くのブータンファンを獲得しているようだ。小さな国だが、中国とインドという大国に陸続きで挟まれる中で培った外交力。誠実な国民感性とあいまって愛されやすい国だなと今更ながら感心する。私が初めてブータンを訪問したのは、99年、10年以上のおつきあいとなった。実際に滞在していたのは4年間であるが、以後年に4回ほど訪問している。

当初からブータンに対する憧れをいうものは少なかった、それよりも人々の営みを見るに連れ、自分の良心がみごとに体現化されているという印象をうけた。仏教哲学に関心があったものの宗教的な印象を好まない日本人には、ブータンが国是としているGNH(国民総幸福)という標語が受け入れやすかった。また無料の国民医療システムに伝統医療を取り入れているというところに関心をもったのが当時ブータンへ移り住んだ理由だ。今の活動の原点である。

小さな国であるという事もあるが、ご縁で王室に治療で伺う事もあった。今回の報道を見ていて思い出したのだが、皇太后さまには懇意にしていただき、先代国王よりメッセージカードと銀細工のいれものもいただいた。私が持っていても物の価値が分らないと思い、義母に差し上げた。家宝として金庫の中に眠っているようである。
4代国王から頂戴した銀細工。本来噛みタバコをいれる箱である。義母へ使ってもらうよう差し上げたが「こんなもの人に見せたら中のありがたいタバコを皆にねだられてしょ収集がつかなくなる」という理由から金庫に大切に保管されている。

今回、ブータン国王が日本の国会の場で、演説を行ったと聞いた。日本がブータンから学ぶべき事を感じさせられ人も多いのではないだろうか、そしてどこか、過去の日本からの警鐘のようにも感じられるのは私だけではないはずだ。
ブータン国王から日本国民へむけた素晴らしい贈り物である。
以下、ブータンサイトで有名な山本けいこさんのHPから国会演説の翻訳を紹介する。



天皇皇后両陛下、日本国民と皆さまに深い敬意を表しますとともにこのたび日本国国会で演説する機会を賜りましたことを謹んでお受けします。
衆議院議長閣下、参議院議長閣下、内閣総理大臣閣下、国会議員の皆様、ご列席の皆様。世界史においてかくも傑出し、重要性を持つ機関である日本国国会のなかで、私は偉大なる叡智、経験および功績を持つ皆様の前に、ひとりの若者として立っております。皆様のお役に立てるようなことを私の口から多くを申しあげられるとは思いません。それどころか、この歴史的瞬間から多くを得ようとしているのは私のほうです。このことに対し、感謝いたします。
 
 妻ヅェチェンと私は、結婚のわずか1ヶ月後に日本にお招きいただき、ご厚情を賜りましたことに心から感謝申しあげます。ありがとうございます。これは両国間の長年の友情を支える皆さまの、寛大な精神の表れであり、特別のおもてなしであると認識しております。
 
 ご列席の皆様、演説を進める前に先代の国王ジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下およびブータン政府およびブータン国民からの皆様への祈りと祝福の言葉をお伝えしなければなりません。
ブータン国民は常に日本に強い愛着の心を持ち、何十年ものあいだ偉大な日本の成功を心情的に分かちあってまいりました。
3月の壊滅的な地震と津波のあと、ブータンの至るところで大勢のブータン人が寺院や僧院を訪れ、日本国民になぐさめと支えを与えようと、供養のための灯明を捧げつつ、ささやかながらも心のこもった勤めを行うのを目にし、私は深く心を動かされました。
 
 私自身は押し寄せる津波のニュースをなすすべもなく見つめていたことをおぼえております。
そのときからずっと、私は愛する人々を失くした家族の痛みと苦しみ、生活基盤を失った人々、人生が完全に変わってしまった若者たち、そして大災害から復興しなければならない日本国民に対する私の深い同情を、直接お伝えできる日を待ち望んでまいりました。いかなる国の国民も決してこのような苦難を経験すべきではありません。しかし仮にこのような不幸からより強く、より大きく立ち上がれる国があるとすれば、それは日本と日本国民であります。 私はそう確信しています。
 
 皆様が生活を再建し復興に向け歩まれるなかで、我々ブータン人は皆様とともにあります。
我々の物質的支援はつましいものですが、我々の友情、連帯、思いやりは心からの真実味のあるものです。 ご列席の皆様、我々ブータンに暮らす者は常に日本国民を親愛なる兄弟・姉妹であると考えてまいりました。 両国民を結びつけるものは家族、誠実さ。そして名誉を守り個人の希望よりも地域社会や国家の望みを優先し、また自己よりも公益を高く位置づける強い気持ちなどであります。
2011年は両国の国交樹立25周年にあたる特別な年であります。 しかしブータン国民は常に、公式な関係を超えた特別な愛着を日本に対し抱いてまいりました。私は若き父とその世代の者が何十年も前から、日本がアジアを近代化に導くのを誇らしく見ていたのを知っています。すなわち日本は当時開発途上地域であったアジアに自信と進むべき道の自覚をもたらし、以降日本のあとについて世界経済の最先端に躍り出た数々の国々に希望を与えてきました。日本は過去にも、そして現代もリーダーであり続けます。
 
 このグローバル化した世界において、日本は技術と確信の力、勤勉さと責任、強固な伝統的価値における模範であり、これまで以上にリーダーにふさわしいのです。世界は常に日本のことを大変な名誉と誇り、そして規律を重んじる国民、歴史に裏打ちされた誇り高き伝統を持つ国民、不屈の精神、断固たる決意、そして秀でることへ願望を持って何事にも取り組む国民。
知行合一、兄弟愛や友人との揺るぎない強さと気丈さを併せ持つ国民であると認識してまいりました。これは神話ではなく現実であると謹んで申しあげたいと思います。それは近年の不幸な経済不況や、3月の自然災害への皆様の対応にも示されています。
 
 皆様、日本および日本国民は素晴らしい資質を示されました。他の国であれば国家を打ち砕き、無秩序、大混乱、そして悲嘆をもたらしたであろう事態に、日本国民の皆様は最悪の状況下でさえ静かな尊厳、自信、規律、心の強さを持って対処されました。文化、伝統および価値にしっかりと根付いたこのような卓越した資質の組み合わせは、我々の現代の世界で見出すことはほぼ不可能です。すべての国がそうありたいと切望しますが、これは日本人特有の特性であり、不可分の要素です。このような価値観や資質が、昨日生まれたものではなく、何世紀もの歴史から生まれてきたものなのです。それは数年数十年で失われることはありません。そうした力を備えた日本には、非常に素晴らしい未来が待っていることでしょう。この力を通じて日本はあらゆる逆境から繰り返し立ち直り、世界で最も成功した国のひとつとして地位を築いてきました。さらに注目に値すべきは、日本がためらうことなく世界中の人々と自国の成功を常に分かち合ってきたということです。

 ご列席の皆様。私はすべてのブータン人に代わり、心からいまお話をしています。
私は専門家でも学者でもなく日本に深い親愛の情を抱くごく普通の人間に過ぎません。その私が申しあげたいのは、世界は日本から大きな恩恵を受けるであろうということです。卓越性や技術革新がなんたるかを体現する日本。偉大な決断と業績を成し遂げつつも、静かな尊厳と謙虚さとを兼ね備えた日本国民。他の国々の模範となるこの国から、世界は大きな恩恵を受けるでしょう。日本がアジアと世界を導き、また世界情勢における日本の存在が、日本国民の偉大な業績と歴史を反映するにつけ、ブータンは皆様を応援し支持してまいります。ブータンは国連安全保障理事会の議席拡大の必要性だけでなく、日本がそのなかで主導的な役割を果たさなければならないと確認しております。日本はブータンの全面的な約束と支持を得ております。
 
 ご列席の皆様、ブータンは人口約70万人の小さなヒマラヤの国です。国の魅力的な外形的特徴と、豊かで人の心をとらえて離さない歴史が、ブータン人の人格や性質を形作っています。 ブータンは美しい国であり、面積が小さいながらも国土全体に拡がるさまざまな異なる地形に数々の寺院、僧院、城砦が点在し何世代ものブータン人の精神性を反映しています。手付かずの自然が残されており、我々の文化と伝統は今も強靭に活気を保っています。ブータン人は何世紀も続けてきたように人々のあいだに深い調和の精神を持ち、質素で謙虚な生活を続けています。
 
 今日のめまぐるしく変化する世界において、国民が何よりも調和を重んじる社会、若者が優れた才能、勇気や品位を持ち先祖の価値観によって導かれる社会。そうした思いやりのある社会で生きている我々のあり方を、私は最も誇りに思います。我が国は有能な若きブータン人の手のなかに委ねられています。我々は歴史ある価値観を持つ若々しい現代的な国民です。小さな美しい国ではありますが、強い国でもあります。
それゆえブータンの成長と開発における日本の役割は大変特別なものです。我々が独自の願望を満たすべく努力するなかで、日本からは貴重な援助や支援だけでなく力強い励ましをいただいてきました。ブータン国民の寛大さ、両国民のあいだを結ぶより次元の高い大きな自然の絆。
言葉には言い表せない非常に深い精神的な絆によってブータンは常に日本の友人であり続けます。日本はかねてよりブータンの最も重大な開発パートナーのひとつです。それゆえに日本政府、およびブータンで暮らし、我々とともに働いてきてくれた日本人の方々の、ブータン国民のゆるぎない支援と善意に対し、感謝の意を伝えることができて大変嬉しく思います。私はここに、両国民のあいだの絆をより強め深めるために不断の努力を行うことを誓います。
 
 改めてここで、ブータン国民からの祈りと祝福をお伝えします。ご列席の皆様。簡単ではありますが、(英語ではなく)ゾンカ語、国の言葉でお話したいと思います。
 
「(ゾンカ語での祈りが捧げられる)」
 
 ご列席の皆様。いま私は祈りを捧げました。小さな祈りですけれど、日本そして日本国民が常に平和と安定、調和を経験しそしてこれからも繁栄を享受されますようにという祈りです。
ありがとうございました。
モンドルキリ訪問の成果と反省 [2011年11月13日(Sun)]
モンドルキリの街を出発する朝。昨日昼過ぎから降り出した雨は早朝、深い霧となった。6時半に出発、冷たく深い霧の道、今日の目的地Pucha村を目指す。本来、モンドルキリに到着する前に立ち寄る予定だったが、プノンペンで購入した地図が、あまり当てにならず国道からの横道を見つける事ができなかった。
目的の村までは悪路が続いた。なんとかバイクで乗り切った。

この村には、先週から始まった研修コースの学生がいる。学生募集の際、モンドルキリからの参加希望者が他になくNomadから2名の推薦を受けたうちの1人である。この休暇を利用して帰省する事となっていたが、お金をセーブするために帰省をキャンセルしたという。仕方なく彼の家族と村にいる他の伝統医療師を訪問する事となった。国道の横道を探し当て、田舎道を進む事13km、泥道に阻まれた。悪路を進み30分ほどで目的のPucha村に到着。

薬草園を管理している伝統医師を訪ねたが、朝から泥酔状態。思うように質問に答えてもらえなかった。学生の両親を訪ねたが、母親は他界し、父親は新しい奥さんをもらい別の村に住むという。Nomadから伝統医療研修校の話があった際には希望者がなく、家族のいない彼が推薦されたとか。村人は皆ある程度の薬草の知識をもっているということなので入試にも合格できたのだという。

村を訪問するも。。。あまり情報を得られず。。。

我々の訪問についても明らかに礼金を期待している事がうかがえ、あまり良い感じを受ける村ではない。村周辺の悪路がそれを物語っていた。これまで、いくつかの村を訪問してきたが、良いリーダーシップのある村は、自助努力で生活環境の改善を図っているものだ。村によっても統治能力には大きな差があるようだ。訪問調査も今後は十分な信頼関係を作った卒業生の村に絞っていく必要性を感じた。

今回の、Nomad訪問を通して感じた事をまとめると、

- Nomadが、研究者集団であることから、現地調査や薬草の分析により、ターゲットとする村や栽培する薬草を的確に選択している。告知が行き届くまでに時間がかかっているのであろうが、我々の活動では街を中心として活動する伝統医療師の数が多く医療アクセスの悪い地域からの入学希望者が少ない。また、出版やワークショップなど事業結果を見せるパフォーマンスの高さに感銘をうけ、これから実施していく卒業生・伝統医療師協会の活動計画を作っていく上で、大きな参考となった。しかし、その反面、薬草園や薬草が果たして実際に村の生活改善に活用されているかについては、今回すっきりとする村人の証言を得る事ができなかった。なにか本当に村の医療アクセスを改善するためのユニークなアイデアを加えることが必要に思えた。

- これまで訪問した村もそうであるが、カンボジアの多くの村には公のヘルスセンター(全国に約1000件)があり、風邪や頭痛、下痢などの最低限の薬を入手する事ができる。しかし、その薬で改善できなかった場合や、その他の慢性疾患、婦人病、骨折、蛇毒、など病院に通院が必要な疾患に関する対応としては、伝統薬を愛用している。ヘルスセンターのエッセンシャルドラッグと一緒に伝統薬の活用方法を考えていく必要がある。

- 今回、通訳としてスタッフと同行したが、なかなか思う通りの質問の意図が伝わらず手こずることがしばしば。これから広範囲に調査を進めていく上で、他のスタッフにも対応できるよう、状況によってフレキシブルな対応ができる質問リストを作成する必要を強く感じた。

近隣の東南アジア諸国と比べても基礎データの少ないカンボジア、しかし確実に伝統薬が活用され、伝統医療師(クルクメール)が活躍しているのである。今年の新入生を迎え、CaTHA(カンボジア伝統医療師協会)の会員は200名になった。彼らの周辺から調査を始めていこうと思う。
プノン族の少女。ハニカミながらもカメラに興味津々。


「伝統薬で村おこし」の現場を訪問 [2011年11月13日(Sun)]
朝食をすませ朝8時に, 2002年からNomadで活動、現在、伝統薬プロジェクトでアシスタントをしているJohnSamさんと待ち合わせをした。JohnSamさん自信がプノン族で、村人との調整役として活躍している。

Nomadは、6人の有能な伝統医療師を選択し、彼らの村で以下のような活動を展開している。

- 伝統医療師による村人への簡単な伝統薬の指導
- 村で演劇会(ロールプレイ)など、伝統薬普及イベントを実施
- 村自営による薬草園の管理と薬草の活用

Pundrey村、典型的な寒村。2人のくる伝統医療師がいる

はじめに訪問したのは、モンドルキリの街からバイクで25分、Dakdam地区のPundrey村。700家族が暮らす。ここには有名な接骨師がいると聞いて来た。Kwy Sophonさん(75)は、Nomadの出版本にも紹介された。Kwy Sophonさんの大きな体感と太い節々は、日本で「ほねつぎ」として活躍した柔道家のそれを連想させる。
プノン族で有名な「ほねつぎ」。むずかしい整復もこなすという。クメール語が通じない

接骨の腕が噂を呼び、他の県やベトナムからも呼ばれて往診に行くそうである。最近は交通網が整備された結果、バイク事故による患者が多く、前腕、下腿部の骨折で呼ばれる事が多いという。また、本人は自分の治療や薬草は精霊が夢の中で指示してくれるのだと真顔で語る。

残念ながら、今回その現場を拝見する事はできなかったが、整復の難しい大腿骨の骨折から、骨が皮膚を突き破る複雑骨折まで整復するのだとか。他のスタッフの証言でも、 さんの腕は確かで100ドルの往診料をとるらしいが、プノンペンやベトナムへの交通費・滞在費(100ドル)、治療代(1000ドル〜)を考えると、人々は腕に信用のある さんに治療を依頼するのだという。ひととおり話が終わると、水牛の世話をするのだと、大きな岩のような手で握手を交わすと、鍬を片手に丘の方に歩いていった。

次に同じ村の村長の家へ。村長の敷地内には20m四方のフェンスで囲まれた、薬草園がある。その土地に育つ有用な薬草、絶滅危惧種、が30種類栽培され、村内で使用されるほか、将来は販売して現金収入も見込んでいる。さらには外国人のエコツーリズムとタイアップし村の訪問で、織物などの土産物の売り上げアップも視野に入れているという。薬草園に関してNomadは、薬草に関するアドバイスの他は、薬草園のフェンスにかかる費用をだしただけで、のこりはすべて村の協議で管理しているという。
村で運営する薬草園。アイデアと囲いのフェンスをNomadが提供した

昼食のため街に帰る途中、雨が降り出した。結局、その日に予定していた次の訪問はあきらめJohnSamさんから、Nomadの活動や彼の生活などの話を聞く事にした。
少数民族の村を伝統薬で町おこし [2011年11月13日(Sun)]
ベトナム国境に接するカンボジア北東部にモンドルキリ県はある。

ベトナム国境に向け、見渡す限り豊かな樹海が広がり、地名の由来はモンドルが「集まり」、キリは「山」、文字通り山岳地帯を意味している。標高は600メートルと、高くはないが、高低差が乏しく熱帯に暮らすカンボジアの人々にとっては、朝夕の冷え込みを体感できる数少ない避暑地である。

農耕に適していないため、これまで開発の手が入ってこなかったが、最近、海辺のシハヌークビル、ケップと並び、国が新しい観光地として誘致を進めている。2年前の訪問時は道路も工事中で、街全体も赤土色の過ごしがたい状況であったが、最近道路の整備が完了し観光客の数も増加している。
見渡す限りの樹海が目下に広がる。観光客の多くは国内外の中国系?

モンドルキリにはブノン族という独自の言語を持つ少数民族がくらしており、フランスのNGO Nomad RSI Cambodiaは「伝統薬を活用した村おこし」を支援している。最近、ブノン族の伝統医療師とモンドルキリ地方の薬草を取り上げた書籍を出版(英語/クメール語翻訳中)した。
Traditional Therapeutic Knowledge of the Bunong People in North-eastern Cambodia


このプログラムをコーディネートするNicolas Savajolさん(31)は、2003年にマラリアに効果があるとされるヨモギ科の薬草研究のためカンボジアを訪問。農村開発の研究を経て、2008にマラリア対策プログラム、2009年からは現事業に着手している。最近、現地スタッフで中学教師の女性と結婚し、地域に密着した事業を目指している。

インドネシアでの国際会議から帰国した翌日から、早速モンドルキリに向け出発した。今回のようにラフロードのフィールド調査を見込んで、半年前にHonda FTR(223cc.)を購入した。今回は、プノンペンからモンドルキリまでの往復900km(実走距離1032km)の旅となった。

プノンペンの水祭りが、今年は大雨の影響で中止になった事もあって、この祭日を地方で過ごす人が増えたという。通常5ドルのゲストハウスも、このときとばかり15ドルに値上げ。それでも満室の状態だ。

到着して早々、Nomadオフィスを訪問した。民家を改造したオフィスだが、植木など至る所にセンスの良いフレンチ風アレンジが目を引く。敷地の一角には、小さな薬草園を有する。

さらに驚かされたのが、プログラムダイレクターのSarun Sornさんは、オフィスの隣に現地の食材を活かしたレストランをオープン。圧巻だったのは敷地内に自分で作ったという庭園。男性が庭の剪定をしていたので、はたしてワーカーにこの作業ができるのかと、案内してくれたスタッフに尋ねたところ、なんと、このワーカーがNomadプログラムダイレクターのSarun Sornさんだという。Sarun Sornさんは、始めバイクタクシーの運転手として、Nomadの活動に時々雇われていたという。その後、観光局に勤め、その旺盛な向学心が買われ、2000年から本格的にNomadの活動に参加している。庭のデザインはすべて、本の写真などを参考に造りあげたのだと言う。観光局を体感した後、Nomadの活動と庭園いじりが生き甲斐だと言う。スバラシイ!!
素敵にデザインされた庭園をもつ、その名も”ロマンティック レストラン”


我々も、この2年間50haの広大な保健省キリロム薬草園を支援してきたが、役人がワーカーに指示を出すだけで、薬草の数だけが増えた。広くなくて良い。このように愛情のこもった薬草園を作りたい!!


シンプルだが、フレンチ風にアレンジされた高床式の食堂と茅葺きの家

夕食にNicolas Savajolさんの自宅に招かれた。フランスから友人が訪ねてきているとの事でバーベキューパーティーをやるという。

購入した敷地には、エコツーリズムの宿泊所としても活用できるようにと、茅葺きの民家を建て(800ドル也)、高床式のオープンステージ上の食堂家屋を造っていた。開放感のある食卓から見渡す自然のパノラマ。。。フランス人の卓越したセンスと、思った事を実際に軽くラテン風にやってしまう実行力に圧巻された。

イノシシのバーベキュー。
米を発酵させた瓶入りの手作り甘酒を竹のストローで飲む。フランス人の観光客が大量に持ち込んてきた特上の赤ワイン。ダークラム酒にオレンジ、ライム、サトウキビジュースを加えたカクテル。ラテンのギター演奏と火を使ったヒッピーパフォーマンス(!?)で、満月の下、田舎の夜は彩られた。同席のフランス人たち、2ヶ月間ここに滞在するという。まさにフランス人。。。!

明日は、実際に薬草を活用して村おこしをする村と伝統医療師、新入生のいる村を訪問する。