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07〜08 インド最前線 第105回 東京財団ユーラシア情報ネットワーク [2007年05月18日(金)]

《 特集 Supplement Issue 》その2  2 0 0 7年5月 1 8日

波紋を呼んだケチャード・ギアのドラヴィダ女優へのキス

リチャード・ギア、執拗なハグとキス
 5月1 6日、各紙は、最高裁判所がハリウッドの二枚目俳優リチャード・ギアとボリウッド女優シルパ・シェッティの処分を保留する、と報じた。
 インドの新聞で、触れなかったところはなかっただろう。英字紙もローカル言語紙も記事の大小はともかく、この事実を伝えた。
 たかが女優とスターとはいえ男優のキスが最高裁を動かしたというのは、芸能ネタを越えた社会的事件ということになる。
 蛇足ながら、ボリウッドとは、旧名ボンベイ、現在はムンバイと称するインド最大の商業都市で、実は「映画の都」でもあり、ヒンディ語映画の製作拠点なのである。最近、日本でもつとに知られているが、ハリウッドに倣ってボリウッドと呼び習わしている。
 事件は、4月1 5日、ニューデリーでおこなわれたエイズ救済顕彰集会の会場で起こった。
目玉ゲストとして招かれたリチャード・ギアが、司会をしていたシルパ・シェッティに促されて舞台に登場した。会場は、あこがれのハリウッド・スターを迎えて盛り上がった。
が、そのリチャードはシルパに頬ずりし、なにごとか囁くと、いきなり強くハグし、抗うシルパ、のけぞるシルパを床すれすれで支えて、頬に執拗なキスをしたのである。
 ふらふらと後方に下がったリチャードに対して、会場は揶揄と驚きに二分された。

芸能ゴシップから社会ネタへ
 リチャード・ギアは、昨年放映されたカード会社のコマーシャルで、一躍、お馴染みになった。インドの少年、少女とからむメルヘンタッチの画面が好感を呼んで、全国区の有名俳優になっていた。その誠実さと清潔感を裏切る行動になってしまった。
 また、日本映画のリメイク「シャル・ウィ・ダンス」も、たびたびテレビで放映され、評判をとっている。主人公のシャイで不器用な熟年像は、インド人にとって共感するものがあるようだ。複数の新聞は、シルパを相手に不器用なダンスをするつもりだったのか、と皮肉っていた。
この事件は新聞の投書欄にも多くの反応があった。
 「ことさらに不道徳だとか異様だとかと騒ぎ立てるのは、他人の家を覗く趣味とおなじだ」「テレビは毎日、悲惨な殺人や過剰な愛情シーンを流している。あのキスシーンに限って非難するのは偽善的ではないか」「I Tによって世界化されたインドで、挨拶のキスやハグは、当然、西欧化の一環で、当たり前のことになる」「インドのエイズ問題で、なぜ、リチャード・ギアやビル・ゲイツをメインゲストとして招かねばならないのか、その体質が問題視されるべきだ」
 こうした世間の常識的で、むしろ冷静な見方を裏切っていくつかの地方行政府にかかわる人びとから公訴の動きがでてきた。どこにも頭の固い硬直した思考しかできない人種はいるものだ。

インドはいまでもキスシーン禁止
 世界的に知られた性愛書「カーマスートラ」を生みだしたヒンドゥが、いまだにインド製作映画でのキスシーンを認めていないのである。輸入映画ではヌードも全裸ベッドシーンもぼかし入りでO K、キスシーンに至っては大通りなのに、である。愛にはヒンドゥの作法が適用されなければならない、ということなのであろうか。
 インドでの騒動を察知したハリウッドは、ただちにリチャード・ギアの事務所を通して謝罪の意思を表明した。
 「インドを損なうつもりはまったくなく、ただひたすら親愛感を示すための行動だった。もし不快を与えたのなら謝罪するのは、けして難しいことではない」というコメントは、硬直人種の頭を溶かさず、むしろ煽ってしまった。カサにかかるのがインド人の性癖だ。
 ラジャスタン州のジャイプール、ムンダワール両地裁は、4月下旬、ついに公訴に踏みきった。ウットラ・ブラデッシュ州ガジアバドの地裁も同調した。
 公衆の面前で、あの行動はワイセツで不道徳だというのである。しかも、リチャード・ギアだけではなく、シルパ・シェッティも同罪と告発されたのだ。
 シルパは、早速、公訴取り下げを最高裁に訴えた。そして冒頭に記した5月1 5日の処分保留という決定になったのだ。

シルパ・シェッティってどんな女優?
 連日、各紙をにぎわせていた5月上旬、当の本人シルパ・シェッティがマンガロールに帰ってきた。ここは、彼女の生まれ育った地なのだ。
 筆者の住むマンガロールは、知る人ぞ知る美女の産地で、町には垢抜けする前のシルパがごろごろしている。磨けばみんな女優さん並みなのである。
 最近、二枚目で二代目俳優のアビシェク・バッチャンと結婚した女優アイシュウァルヤ・ライも地域の出身だ。新婚のふたりは、5月1 7日、折から開催されているカンヌ映画祭に招待され、華やかな出で立ちで会場入りするカラー写真が各紙の紙面を飾っていた。
 シルパの今回の帰郷は、マンガロール郊外の港町の小さな寺院が改築され、例大祭とあわせてその祝賀儀礼に参加するためだった。いまはシヴァ信仰と習合しているが、もともとは民俗の精霊信仰で、地域ではもっとも人気のあるシャーマニックな憑霊儀礼芸能ブータがおこなわれることで知られている寺院だ。シルパは、母親とともにその儀礼にも参加し、託宣を受けている。
 シルパ・シェッティの出身共同体は、アイシュウァルヤ・ライもそうだが、バンツと称される地域で最大の多数派で支配的な力を持っている。バンツは伝統的に母系社会で、母親が文字通り一家の柱である。
 1 9 5 0年代に制定された法律によって、母系相続は禁止されているが、現代でも、法の網目を縫って女性の伝統的権利を行使している。シルパが参加した祭礼も母親の在所である。檀家である母親を継いで彼女も信仰者になっているのである。
 父親は、海岸線を北に5 0キロほどのところといわれているが、きわめて影が薄い。

母系が養った不屈の精神
 シルパ・シェッティの足腰の強さ、不屈の精神力はアラビア海沿岸の母系社会に育まれたものではなかろうか。
 シルパには、去る1月、ロンドンのあるテレビ番組に出演した折、人種差別的扱いを受けたのではないかという騒動があった。共演者が彼女の言葉や仕草をからかい、司会者も容認したというのであった。帰国した空港で、シルパは涙を浮かべて、辛かったと言葉少なに語った。しかし、番組の視聴率はカンペキにシルパにあがり、インドのファンや芸能ジャーナリストはシルパを讃えて溜飲を下げている。
 シルパの粘り腰、逸らして受け流す芯の強さが勝ったのである。
 今回の事件は、シルパにとって外からのリチャード・ギアと内からのヒンドゥイズムにはさまれた受難だった。
 地方意識の強いインドでは、ドラヴィダ系は北インド、アーリアンにとっては理解しがたい人びととして映る。
 特にカルナータカ南部は、イスラムを受け入れ、クリスチャンと商業活動を協働し、ジャイナ教徒は社会の基盤に隠然として力を持っている。民俗信仰を堅持し、しかもそこにイスラムまでが参画している。ヒンドゥイズムを逸脱していると映るのである。
 それでいて経済は豊かで、地域出身の都市銀行は8行もあり、最近では新航空会社も発足している。
 今回の訴訟を提起した北インドの地裁判事たちには、懲らしめようという意図があったのだ。
ここで詳述はできないが、南カルナータカの近代は、こうした戦いの歴史でもあった。
 ところで、外からやってきたリチャード・ギアは、強い女たちの女護が島とは気づかずに、とんだハプニングを引き起こしてしまった、というところだろう。
 歌舞伎でいう「つっころばし」役ということだ。二枚目だけれど軟弱で、性格、きわめて薄弱な役どころだが、彼の演技力と見合って、言い得て妙かもしれない。

Posted by 森尻 純夫 at 22:08 | この記事のURL