07〜08 インド最前線 第105回 東京財団ユーラシア情報ネットワーク [2007年05月13日(日)]
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《 ウィークリースポット Weekly Spot 》その4
2 0 0 7年5月 1 3日 パキスタン、カラチで騒擾 5月1 2日、パキスタンの古都カラチで暴動が起こった。13日現在で、3 4名の死者を数えている。 衝突は大統領ムシャラフを支持する立場と抵抗する市民の間に起こった。テレビのニュースは、街頭で多くの車両が炎上し、双方が発砲、警備軍の介入を許さず、死者とけが人が続出している様子を伝えた。 警備軍が、どのような立場をとっているのか、当然、政府側についた活動をしているのであろうが、1 3日の時点では明確ではない。 すでにパキスタン、インドをはじめ多くのメディアはこの日1 2日土曜日に激突は必至、と報じていた。その以前に、ムシャラフ大統領がなんらかの策を講ずるのではないかという期待感もあった。しかし、大統領は動かず、事態は最悪な情勢になった。 BBC電子版や各紙の速報は、1 2日夕刻、大統領が集会に現われ「事態を憂えるのなら街頭での抵抗をやめよう」と呼びかけた。事態の収拾が捗らないのなら、非常事態宣言もありうることを示唆している。 大統領の国権濫用 そもそもこの事態が予測されたのは、去る3月に下された大統領の決定にある。 発端は、3月9日、ムシャラフ大統領が最高裁判事イフティカール・ムハムマド・チョードリーの活動停止を申し渡したことからはじまった。 当時、筆者もそうだったが、多くの人びとはなにが起こったのか、理解できなかった。しかし、ただちにパキスタン司法界、文化人、一部政治家、ジャーナリストたちが激しい反発の意思を表明し、ようやくその内容があきらかになった。 ムシャラフ大統領は、0 2年の再選から5年になる昨年末から、次の選挙むけとおもわれる政治的発言を繰り返してきた。彼にとって前女性首相ブットが創設したパキスタン人民党(P P P)が最大の標的だ。そしてブットの人気は、衰えはしたが国内に根強いものがある。シンド州はP P Pが州政権を握っている。 現在ブットはイギリスやアメリカに滞在しており、その渡航手続きなどが違法だったとして、帰国すれば拘束するとムシャラフ政権は公言している。 これに対してチョードリー判事を筆頭とする一部、司法家たちは違法性を明らかにできるかどうか疑問だ、と表明している。ムシャラフにとって扱いにくい裁判所なのである。それが3月の活動停止命令になったのである。 チョードリー支援グループは、4月には裁判所内に彼のための判事会議を設置、強権、独裁的ムシャラフ現政権に対決姿勢を強めてきた。 ムシャラフの平衡感覚は健康か? 9 9年にクーデターを起こし軍事政権として出発したムシャラフ政権は、0 0 ~ 0 1年、インドとの一触即発の緊張を経過して、急激に親米路線を推進してきた。一方では、インドに対抗して原発開発を重要政策とし、中国に支援を求め、推進している。 経済も、インドの経済成長に引きずられて0 4 ~ 0 5年当時5 ~ 6%に上昇、0 6年からは7.5%程度になったと伝えられている。 アフガン国境、インド国境のタリバン、アルカイダ・キャンプの掃討作戦にはN A T Oと共同作戦を展開している。 なかなかのバランス感覚にみえる。 しかし今回の事件は、ムシャラフの国内政権基盤が意外に弱いことを露呈してしまった。多民族国家であり、イスラム宗主国とはいいながら多宗教共同体を抱えるパキスタンには、外交感覚だけではない内政バランスが必要だったのである。軍内部にさえ、そうした問題を内在させているのが現実なのだ。 1 2日夕刻の集会で、防弾ガラスに囲まれたムシャラフは「チョードリーがイスラマバードからカラチへやってきたら危険なことになる、政府は警告したはずである」といっている。こういう強気な押さえ込みで解決できる問題なのだろうか。 1 3日のザ・ヒンドゥには、アメリカの国家安全副長官は、イラン核兵器拡散に関与するとしたらパキスタンだろうと語ったと伝えている。 ムシャラフに対する世界の視線は厳しくなることはあっても、緩むことはなさそうだ。 |



