07〜08 インド最前線 東京財団ユーラシア情報ネットワーク [2007年05月04日(金)]
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《 ウィークリースポット Weekly Spot 》その3
2 0 0 7年5月 4日 スリランカ、再燃 スリランカが緊張している。4月の2 5日から現在まで、連日、各紙はその情勢を伝えている。反体制組織「タミール・イーラム・解放の虎( L T T E )」による大規模なテロが連続しているのだ。 すでにこの「インド最前線」ではL T T Eについて何度か報告してきた。 過去2 0年以上、スリランカのマイノリティであるタミール語族が、シンハラ語仏教徒政権に対して激しい抵抗運動を展開してきた。9 0年代末から2 0 0 0年代初頭にかけて、ノルウェーの平和外交使節の粘り強い仲介作業によって、ようやく曙光が見えた時期もあった。その頃、平和復興国際支援会議が設定され、日本は援助資金に関して中心的な役割を担ってきた。しかし、すんなりと進展してこなかった。 0 5年に大統領になったジャルパクセ政権の下、東北部の島嶼を含むL T T E拠点地域での攻防は、一時、激化した。0 6年1 0月以降、国軍の掃討作戦が効を奏したかのように沈静化したのだが、新たな体制を整えて新戦術がはじまってしまったのである。 テロ集団、L T T Eによる空爆 4月2 4日払暁、L T T Eが北部ジャフナ半島を空爆した。国内の一部に解放区を持つほど強大な反体制組織といえども、空爆ははじめてのことだ。 半島の政府海軍基地を狙ったといわれている。この港湾地域には原油精製所などが点在し、きわめて需要地点だ。新聞には、オイルタンクが炎に浮かぶカラー写真が掲載されていた。 政府空軍は、翌朝からL T T E拠点域への反撃をおこなったが、テロに使われた攻撃機を掃討したかどうかは、はっきりと伝わっていない。 5月1日、インド国防大臣は、かつてない空爆という事態に警戒感をあらわにし、監視機能( モニタリング )を徹底する、と表明している。最南東の沿岸からは手の届くような位置にあるスリランカでの空中戦に無関心でいられるはずはない。 一時、沈静化状態にあったとはいえ、インドとスリランカL T T Eの間では絶えることなく事件が続いていた。 オーストラリアでL T T Eを拘束 L T T Eの部隊「海の虎(シー・タイガー)」と呼ばれているグループは、インド突端のカンニャクマリ沖インド洋で、シージャックを頻発している。小漁船を拿捕、漁民を拘引するのである。特に、3 ~ 4月にかけて活発化していた。漁船はテロ、ゲリラ攻撃の戦艦になるのである。 5月1日、B B C電子版は、オーストラリアのメルボルンでL T T Eメンバー2人を拘束したと短信した。3日、オーストラリア外務大臣は、この2名の金融財産を凍結したことをあきらかにした。2人は、L T T Eの資金調達係りだったというのである。 L T T Eのテロ活動を支えてきたのは、海外に出稼ぎしているタミール語族たちだった。0 6年、こうした資金源を断ち切るために、平和復興会議からの提案と圧力もあって、政府は海外からの送金封鎖を決定している。その網の目をくぐる活動だったことになる。 小国スリランカの国内経済の大きな部分を支えてきたのは、海外出稼ぎからの送金だった現実がある。国民は、政府の封鎖決定の裏で資金化への知恵を絞っているのである。それに乗じたテロリストの暗躍だったのだ。 相反するインドの反応・親和と警戒感 インドとの経済関係もスリランカにとっては大きな比重がある。 もともとタミール語族は早期近世にスリランカに渡ったインド人たちで、タミール・ナドゥ州では、L T T Eへの密かな親和感を捨てきれずにいる。 昨年1 1月から今年にかけて、小康状態を得たスリランカと経済交流を再開しようという動きが、タミール経済人を中心に起こっている。何度か交流会議も開かれている。 一方で、タミールの経済界の一部が、L T T Eを支援しているのではないかという疑念の噂も絶えない。 南アジア関連諸国連盟の一国であるスリランカをインドがどう処遇していくのか。注目していかなければならないだろう。スリランカ海域は、日本のシーレーンでもあるのである。 おなじ1日、メーデーの集会に登場したジャルパクセ大統領は、与党が率先し、全政党に呼びかけて、民族的紛争の解決、差別や優遇制度を見直そうと演説している。はたしてどれほど有効な制度改革ができるか、それが最大の焦点だ。 5月3日、国軍は、コロンボ国際空港の夜間閉鎖を決定した。実質的な戒厳令である。 和平復興国際会議の意向を汲み取って、その道をまい進するための下地つくりは、まだまだ遠い。 |



