パキスタン大統領選出とインド インド最前線 The Actual India 07〜08 第138回 [2008年09月09日(火)]
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《 ウィークリースポット Weekly Spot 》その3 2
パキスタン首相、暗殺か? 9月3日、インドは国民祝祭日だった。「ガネーシャ・チョウルティ・象神の祭」で、特に西部から南のインドで各地は、辻毎に象神の巨大な偶像を飾って、その誕生を讃える。陽射しの緩い穏やかな祭日だった。 午後、メディアが色めきたった。テレビ、ラジオが緊急ニュースを流したのだ。 パキスタンのラワルピンディで、ギラニ首相の車列が銃撃されたというのだ。またもパキスタンで暗殺事件か、しかも現職首相が暗殺された、・・・お祭り気分も吹き飛んで続報を待った。 インドの隣国であるパキスタンには、各社の特派員が常駐しており、特に6日の大統領選出議会を控えて報道体制は整っていた。情報は、刻一刻と現地から中継で送られてきた。 夕刻には、その全容があきらかになった。 狙われた車列、首相の公用車のフロントには二発の銃弾が打ち込まれた。発射されたのは三発だった。この車列は、ギラニ首相がラワルピンディの空港に到着するのを迎えにでたもので、誰も乗車していなかった。幸いにも被害はまったくなく、事件は落着した。 暗殺対象者が乗車していない車両を襲撃するなどといういたずらまがいのこの事件、いたずらではないとするとずいぶん粗忽な暗殺者だ。しかし、どうも笑い話では終われない背景がある。 銃撃は警告だった 事件のあった3日の早暁、アフガニスタンとの国境地帯ワジリスタンにNATO軍が侵攻し地上戦を展開している。当初、NATO軍とのみ報じられていたが、3日夜には米軍だったと詳報された。アフガン駐留のNATO軍としての米軍ということだ。 通常、イギリス軍が主力の国境地帯に、敢えて米軍が越境作戦を敢行したということになる。しかも、パキスタンへの侵攻地上作戦ははじめてのことだ。 8月中旬、突如、ムシャラフ大統領が自ら辞任した。いわば引退の形をとったのだ。ムシャラフは、クーデターを起こし軍服のまま大統領を務めたことはすでによく知られている。その在任は9年に及んだ。 その間、一貫して親米、そしてインドとの関係修復に働き、歴史的な休戦、和平を導きだした。インドとの関係を好転させたのは、ひとえにアメリカの圧力によるもので、終始、親米路線を外さなかった。 しかし、ただ一点、がんとして許さなかったのは、対テロ戦略において他国軍が自国へ侵攻することだった。ブッシュ政権はたびたびムシャラフに対して対テロ作戦の強化、協力を訴えていた。それは、アフガン国境地帯の掃討作戦に国境ラインはない、というアメリカの圧力だった。 ウサマ・ビン ラディンをはじめタリバン訓練キャンプと幹部たちがパキスタン領内のこの地域に潜んでいることは情報通の間では知れ渡っている。 ブッシュ政権が、直接、手を下し、ビン ラディン以下を拘束、あるいは掃討したいと願うのは当然だ。そのときはじめてブッシュは、9.11テロ、アフガン、イラクの戦争に決着をつけられる。 しかしムシャラフは、パキスタン国軍の働きを主張し、国境地帯の双方からの狭窄作戦には応じたが、NATO軍が国境を越えることは拒否し続けた。 ムシャラフにとって、それが自らの支持基盤である国軍の信頼を繋ぎとめる唯一の道であった。 そして、ムシャラフが去ったいま、新大統領の就任直前に国境は破られた。これは、パキスタンにとって歴史的な事変なのである。 空の首相専用車襲撃は、その歴史的屈辱を許容する政府への警告であったと見るべきではなかろうか。 新大統領の選出 3日のアフガン駐留米軍の攻撃は、攻撃ヘリコプター4機で北ワジリスタンに侵攻、特殊部隊がミサイルなどを発射、少数派住民の家屋15棟を焼き、20人以上を殺害した。女性やこどもも含まれていた。 翌4日、5日の両日は、アフガン国境内からのミサイル攻撃が続いた。数名の犠牲者が出ている。犠牲になったのは、すべて地域住民だ。 9月6日、大統領選出選挙がおこなわれた。上下国会議員、四州議会議員の投票によって選出される。 大方の予想通り、昨年暗殺されたベナジル・ブット女史の夫で、現在パキスタン人民党(PPP)の共席総裁アシフ・アリ ザルダリが選出された。投票総数702票のうち481票を獲得した。第一回の投票で過半数をはるかに凌いだ圧倒的な選出だった。 ザルダリはムシャラフがその豪腕で推進した大統領の権限強化を、意外にも改変することなく継承する、と宣言した。ブットの民主化推進路線を受け継ぐザルダリは、こうした権力の集中をムシャラフ以前の体制に戻すと、国際的にも見られていた。 国会の解散権、そして首相の任命と罷免をはじめ陸軍参謀長、最高裁長官の任免など国権のほとんどが大統領に集中している。核兵器のスイッチも大統領が握っている。 ザルダリの表明を受けて、8月下旬、反ムシャラフを共闘してきたムスリム同盟ナワズ派の元首相シャリフはザルダリと袂を別った。 それでも人民党PPPの組織化は圧倒的に進んでおり、大統領選出選挙は速やかに終了した。一回だけの投票で、充分だった。 PPPザルダリ支持派は、完璧に内政基盤を築いたかに見える。 だが、新大統領選出直後の6日、ペシャワール近郊の警備ポイントで自爆テロがあった。警備担当者を含む35人が殺されている。あきらかに新大統領とその体制への揺さぶりだ。 また、8日、米軍はパキスタン領内ワジリスタンのイスラム学校(ハッカーニ師マドラサ)にミサイル攻撃をしている。20名以上の学生、その他の犠牲者があったと伝えられている。連続する越境攻撃は、すでに戦争状態だ。 アメリカは、ザルダリ政権によって軍事作戦への協力体制が確立したと読んでいる。すでに、イラク駐留部隊の一部をアフガンへ移動し、アフガンに主力を注ぐ作戦に転換している。 ザルダリのパキスタンは、アメリカの戦略推進を黙認すると見られているのだ。 ムシャラフ辞任の「謎」と国軍 ムシャラフが、突然、辞任を表明した後、メディアは彼がどうするのか、注目していた。国外へ亡命するのか、それとも保守党PPPになんらかの保証を求めるのか。また、PPPと政府は彼を拘束したり告発したりするのか、というのが注目点だった。 しかし、意外にもなにも起こらなかった。ザルダリ政権側からの囁き情報では、国軍からの強い圧力があって手出しができないからだという。ということは、ザルダリPPPは、軍関係を政治的に完全には掌握していないことになる。 新大統領選出の翌9月7日、ザ・タイムス・オブ・インディア紙は「ザルダリではパキスタン国軍は抑えられない」という趣旨の記事を掲載している。民間出身のザルダリ大統領が、ムシャラフのような軍統治ができるとはおもえない、というのである。 核のスイッチを握っているといっても、管理体制は軍が組織的に掌握しているし、07年7月以来1200人が犠牲になっている自爆テロの全国的な取締りを彼が把握できるとはおもえない、というのだ。 なにより軍事ドクトリン(理論)、それもパキスタン国軍のそれを知らないのではないか、と疑問を呈している。 なるほど、と納得しつつ、こうしたパキスタンの体質がムシャラフ軍事クーデターと軍政をうみだした元凶だったと理解するのである。 隣国インドの意味ある沈黙 アメリカの越境攻撃、首相暗殺未遂、ペシャワール自爆テロ、過去数日間の事態を列記してみると、それぞれがそれぞれの要因をもっており、ひとつの犯行動機とひとつの勢力から発せられていないことがよくわかる。 隣国インドは、激しく動くパキスタン情勢に沈黙を守っている。 非常に強い関心があるのは当然だが、聞き耳を立ててうかがっているというのが事実だ。 過去2か月、インド領ジャム・カシミールでは騒擾が続いている。 昨8日も、あらたなデモと衝突があった。カシミール独立、分離主義者がどのようにパキスタン新体制に反応するか、カシミール地方選挙を控えたインドにとって重大な注目点なのである。 そして、その動向が、インド国内のテロリストを刺激し組織化することを恐れているのだ。 アフガン国境地帯に次いで、もし印パに不測の事態が起こると、アメリカの中東戦略にも大きな影響がでてくる。 それは新冷戦時代における、グルジア問題を含めた親米体制の危機ともなるのである。 |



