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速報・パキスタン総選挙、ブットが勝った インド最前線 The Actual India 第133回 [2008年02月19日(Tue)]

   《 ウィークリースポット Weekly Spot 》その2 8

投票は終わった、そして、・・・
 2月18日、ついにパキスタン総選挙が実施された。長い道のりだった。
 19日早暁、徹夜の開票作業のうちに、暗殺されたブットのパキスタン人民党(PPP)の圧倒的勝利が見えてきた。
 午前4時、約30パーセントの開票でPPPは28議席、ナワズ・シャリフのパキスタン・ムスリム同盟シャリフ派(PML-N)が27議席、ムシャラフ大統領の与党、パキスタン・ムスリム同盟カイデアザム派(PML-Q)はわずか10議席という結果だ。
 シャリフ派とPPPが連立すれば、最終的に大統領否認に必要な3分の2議席を獲得する勢いだ。
 数日前から囁かれていた「ブットの亡霊が背中を押している」勢いは、事実だった。
 18日午後5時、投票終了時間で、投票率は35パーセント前後、40パーセント未満だろうと伝えられていた。
 ムシャラフ大統領は、18日、地震の投票の後会見し「どの党派が勝利しようと、誰が首相になろうと、協力体制をつくる」と語っていた。これは、間接的に敗北を予想していたともいえる。
 今回の選挙は、下院国会議員272(定数342)名を選出するもので、加えて4地域の地方州議会議員570名の選挙が同時におこなわれた。
 午後5時の投票締め切り1時間後から一部では開票がはじまった。順調に運べば、19日の夕刻には完全な結果が判明するはずである。

鍵は選挙後の政局
 しかし、この選挙は投票日以降の動向こそ重要で、これからがほんとうの戦いの日々なのである。パキスタンにとって歴史的な変革への道程はこれからはじまるのである。
 まず、大票田のパンジャブや少数民指定地域の開票が、不正や混乱がなく順調に開くかがポイントだ。
 そして、勝利した野党が、敗北した与党をどう扱うのか。第一党になった党派がどこと連立を組んでいくかに政局の関心は集約されていく。大統領ムシャラフは、術策を弄して自らの権力を死守する道を模索するだろう。
 弔い合戦には勝利したが、ブット不在の人民党PPPは首相候補を素直に選出できるだろうか。19歳の息子に総裁の座を与え、妻を失った夫が弔い合戦の先頭に立つ、という構図は、選挙には有効だったが、政局の運営に最適がどうかはわからない。
 夫君ザルダリは「10パーセント男」と渾名され、ブット首相在任中、すべての政策的要請にコミッションを要求した。彼が首相になることには、根強い不信が国民の間にある。といって、他の党幹部を首相候補に挙げれば、選挙を戦った支援者、支持者たちにはブット不在の空白を実感させることになる。
 おなじことは勝利にむかうシャリフ派にもいえる。国外追放ともいえる立場だったシャリフには首相になる権限がない。彼の兄弟たちが選挙を戦った実質的な部隊だった。
 シャリフ家は、パキスタン西北部のシャリフ地域の名門で強い地方性に支持基盤がある。その象徴的存在であるナワズ・シャリフをどう扱うか、その処遇によっては、国民は一気に熱が冷めることがありうる。
 選挙後、新議員と与党政権の成立には幾週間かの時間がかかる。その間の治安の安定が懸念されるし、不測の事態の発生、軍の動静やムシャラフの強権の発動などを警戒しなければならない。その期間が、歴史を創る、といってもいいほどだ。

ムシャラフの敗因
 投票当日は、心配された大規模なテロや混乱はなかった。クエッタやムルトンなどのイスラム原理主義的な存在が根を張っている地域で、爆発や銃撃があったと報道されたが、大きな犠牲はなかった。大票田で大選挙区のパンジャブ州では街中で銃撃戦が展開されたと伝えられた。ムスリム同盟シャリフ派(PLM-N)の重点地域だ。
 また、イスラム右派による選挙ボイコットの呼びかけも反響を呼ぶことはなかった。
 政府は、厳戒態勢を敷いて8万人の警備陣を配置していた。
 選挙運動最終日の16日、北西部のパラチナルで自爆テロがあり、18日現在で47名の死者を数えている。ほかに重傷者50名が病院に収容されており、死者は増えるだろうと報道されている。選挙事務所前で最後の呼びかけを終わった直後、自爆テロが発生した。
 候補者のひとりは両足切断の重症を負ったという情報もある。それでも候補辞退はしないと伝えられている。
 パラチナルは、いわゆる少数民指定地域で、35名の下院議員と地方議員選挙の運動がおこなわれていた。
 この地域の少数民には、パキスタン政府に参画する選挙そのものへの忌避意識が強くあり、 今回の自爆テロの背景には、そうした少数民内部の対立がある。パキスタンもまた、多宗教、多種族国家であることを忘れてはならない。
 ムシャラフの敗因には、こうした少数民への強権的な抑圧が大きく起因している。その背景には、アフガン、インド国境地帯のテロ集団対策への米、英の圧力があった。
これに応えるムシャラフの掃討作戦は、ただ少数民抑圧だけだったといっても過言ではない。
 この問題は、次期政権にとっても最大級のものだ。隣接国、特にインドはこの点を注目している。
 また、もうひとつのムシャラフ敗北の重要なポイントは、ブット暗殺後の対応だった。
 2月8日、ブット暗殺の調査を依頼されていた、いわゆるスコットランド・ヤード、ロンドン警視庁の報告がでた。
 早速、その全文を取り寄せてみた。A4版で3ページの報告書は、実に素っ気ないもので、期待は見事に外された。
 事件直後にムシャラフ政権の内相や警備軍当局が表明していた筋書きをそのままなぞったとしかいいようのない内容だった。
 選挙運動期間中にでた多分に政治的なこの報告書は、与党の足を引っ張った。
 この報告書以後、喪に服していたブットPPP派に追い風になってしまった。
ムシャラフの誤算といっていい。
 いずれにしても、選挙を戦った人びとも、投票所に足を運んだ人びとも、日本では考えられない、命がけの行動だった。18日のBBC電子版は「投票所に行く前、神に、投票を終えて、どうか無事に家に帰れますように」と祈って出かけたという有権者の談話を収拾していた。
こうした必死の国民の意思を、世界は真摯に注視していなければならない。
Posted by 森尻 純夫 at 10:57 | この記事のURL