来月の出張の関係で、私の所属する日本財団の会長(笹川陽平)が著した
「世界のハンセン病がなくなる日」(2004)を、入社時以来久しぶりに読み返した。 一度読んだはずなのだが、初めて読んだような感覚になったのは、あの頃は日本財団のことも助成財団の仕事も
ハンセン病のこともほとんど知らなかったのに対し、2年半たった今は、知識やバックグラウンドが異なるからだろう。改めて読むと、日々追求している助成財団のあり方や仕事の仕方などのヒントがたくさん書いてあった。
本の中で、会長がネパールを訪れた時の話がある。
ネパールのハンセン病患者はこの時、約7,000人だったそうで、現地の新聞記者が「なぜそんな少人数のために働くのか」という質問をしたという。これに対し会長が言った言葉がある。
「これは人としての権利の問題なのですよ、人権問題なのです」
その部分を読んでいる時に、とあるシンポジウムで聞いた言葉が浮かんだ。
7月1日に、自殺対策を行うNPO
(特)ライフリンクが東京ビックサイトで主催した「自殺を「語ることのできる死」へ 〜自殺対策新時代 官民合同シンポジウム〜」(日本財団助成事業)で、(特)ライフリンクの代表である清水康之氏が言った言葉である。
「自殺対策が実行できれば全ての人にとって生き心地のいい社会になる」
「ハンセン病」「自殺」とテーマは違えど、それによって苦しんでいる人を減らすことは、大変だが大切なことである。しかし、ともすれば自分には関係ない、縁のないことだと思いがちだ。
(でもそんなの関係ねぇ!というギャグも流行ってるけど)しかし二つの言葉は、共通点がある。「ハンセン病」や「自殺」その事象だけにフォーカスを当てるのではなく、さらに大きな多面的な眼を持って見ているということだ。「ハンセン病」を考えるということは「人間の差別・スティグマ(社会的烙印)を考える」ことになり、「自殺」対策をすることで「全ての人にとって生き心地のいい社会」になる。決して人々から切り離された、関係のない問題ではないというメッセージが強烈に自分に入ってくる。
助成財団という立場上、世の中の多くの問題・課題を見聞きする機会が多いが、こうした大きな眼で物事を見そして考えたい、というよりそうしなければと思った。
「総てはそう 僕の捕らえ方次第だ」(Mr.Children 『CENTER OF UNIVERSE』)
同じ物事でも捕らえ方次第で、180度変わるからだ。