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松井 二郎
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自分を許す最後の手段 [2015年03月08日(Sun)]

  ◆続・クローン病中ひざくりげ(107)
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ずっと読んできた『人生を変えるトラウマ解放エクササイズ』だが、最後に引用したい箇所がある。
 わたしにとって最重要とおもわれる、あのキーワードが、この本にも書かれていたのだ。
 「許す」、である。――(以下は引用)

          ◇

 トラウマに遭遇しても、その後、より豊かな人生を送れるように人生の再構築をするうえで重要なことは、過去を手放すことができるかどうかです。これには「許す」ことが必要です。
 トラウマを解放することは許すという行動にほかなりません。(中略)非難する代わりに許すことによって、私たちはトラウマを手放す体験を味わいます。これによって、ため込んでいたエネルギーが解き放たれ、私たちは再び生き生きとした人生に戻ることができるのです。トラウマを手放さずにいると、大量のエネルギーが自分の中に閉じ込められてしまいます。そのエネルギーは、本来的には起こったことを乗り越えるために必要なエネルギーです。許しを拒否することによって、私たちは新しい未来への道を閉ざしてしまうのです。(中略)

 自分に苦痛をもたらした自分を、私はどうすれば許せるのでしょうか? 私が苦しんだPTSDは自分だけでなく、自分以外の人たちをも苦しめました。そのために、私は自分自身と人生に怒りをぶつけていました。でもそれは他人が悪いわけではありません。他の人に対する怒りや暴力的な行為を行う自分を、私はどうしても許す必要がありました。
 人生のいろいろな場面で行ったことに対して、自分をどう許したらよいのか、私は混乱の極みにありました。しかし、自分を許さなければならないという思いはいつもありました。

 私は用心深く、許しとは何かを研究し始めました。宗教的なやり方に従って許そうとしても、私にはできない、効果がないと、すでに分かっていました。私は人間性の自然な一面としての許しを探す必要がありました。宗教や文化を超えたところにある、許しを可能にする人間の本質的な部分を探求しました。人間とその進化の過程の中に、許しの能力が本来的に備わっているのかどうかを知ることが、私にとってはとても重要なことでした。(中略)
 どうしたら許せるのか、その研究に7年かかりました。自分が許しを行えない人間であることが、私を檻に閉じ込めていることは知っていましたが、しかし同時に、この容易でないプロセスを無理に行おうとしても、自分をもう一度苦しめるだけだということも分かっていました。(中略)

 許しの目的は相手の責任を追及しないことではないと気づきました。許すとは、自分の成長を止めていた障害物を手放すことなのです。

デイヴィッド・バーセリ『人生を変えるトラウマ解放エクササイズ』

          ◇

 ――その手段がTRE(トラウマ解放エクササイズ)である。と、このくだりには直接書かれていないのだが、そうであることは明らかだ。
 自分を許すための精神的な方法は『自分を愛して!』でわかった。さらにTREによって、肉体的な方法でも自分を許していくことができる!
 これで、武器は手に入れた。あとは、実践し、結果を楽しみに待とう。

 というわけで『人生を変えるトラウマ解放エクササイズ』もいったん本棚におさめることとする。

 (つづく)




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 ◆ 編集後記
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 トラウマシリーズは読まれるほうもけっこうエネルギーを使ったとおもいます。お付き合いくださり、どうもありがとうございました!





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松井が死にかけの老人と言われたわけ [2015年03月18日(Wed)]

 こんにちは☆ 松井二郎です。
 こんなメールをいただきました。やや長めですが、まず全文をお載せして、そのあとで松井のコメントです。

          ◇

> 松井二郎さま
> ご無沙汰しております。Take4iです。
>
> 実は先月、松本医院(2回目)受診してきました。
> 嫁の症状(癌)ですが、腹膜転移し、妊婦のようなおなかに
> なってたんですが、漢方生薬とお灸で、3ヶ月くらいで、
> 目立たなくなるまで小さくなりました。
> その報告と、血液検査と、先生に直接会って感謝したくて
> 行った訳ですが、
>
> 松本先生
> 「君(嫁)が主治医です。
> 君が素直だから治ってきているんだ。
> 俺が治したんじゃ無い。
> 最近、電話の声も変わってきてたが、
> 顔つきも見違えるほど良くなったね。
> 病気を何が作るか理解したから、
> 君のこころが治したんや」
> って優しく云ってもらえてうれしかった。
>
> 「ところで、どこで知ってくれました?」
> 松井二郎さんって
> 「あぁ、二食をやって頑張っている人や、せやせや」
> 松井さんのメルマガ読んで、クローン病で松本医院が〜〜〜
> 「よく知ってる。その人のHP見て私を知ってくれたんやな。」
> って会話があって
> 結局「食事は、何でも食べたらええよ」
> って云ってました。
>
> 後日、血液検査の結果が届き、1回目の血液検査は電話で
> 「免疫が8しかない」
> 「放射線の影響か、免疫が下がってる」
> って云われていたので、
> 今回それが倍の16にまで回復してました。
> ただ正常値は、その倍以上の40〜85です。
>
> とりあえず、一安心です。これを続ければ、正常値まで
> 戻りそうです。
>
> ちなみに、僕自身の白血球の数値を15年ほど前から調べると
> 45〜55程度でした。
> しかし、H24(4月)が40、H25の値が36、と低くなって
> きていることに気がつきました。
> H23が61だったので、その後何かがあったのか考えると、
> H23年秋頃から、肉体改造、人体実験をかねて、肉、卵、
> 牛乳を控えて、植物性タンパクをメインにした一日二食に
> 変えていき、
> (朝食抜き)早朝ウオーキングをはじめて、半年で体重を
> 15キロくらい絞った時期だと思います。
> 朝は、人参リンゴジュースにはまっていた時期かな。
> でもそれを飲んで胃が荒れてきたので、昨年4月に、やめました。
>
> 昨年2月(術後2ヶ月)、京都綾部で断食しました。
> 僕は3日間、嫁は1週間の酵素ジュースだけの断食をしました。
> そこでの経験が、人間食べなくても、いや食べない方が疲れない
> ってことがわかっているので、ちょくちょく1日1食(夜)だけ
> とか(南雲流)できてしまうんですね。
>
> 今年は寒いですが、今でも早朝ウオーキングは続けています。
> 日の出前に、ペラペラのジャージで40分〜1時間程度歩いています。
> 体を温めるのは、外からでは無く、内側から(筋肉が熱を作る)
> だと考え、薄着で歩いています。
> 帰って、下半身と頭に冷水シャワーです。
> 外から冷やせば、内から体温を上げます。
> 外から暖めれば、深部体温は下がります。
> 体温が上がれば、免疫は上がります。そのはずです。
>
> 今年血液検査をして、たぶん数値は上がっていると思います。
> 嫁の漢方の二番煎じも飲んでいるしね。
> あぁ、それを飲んでいると、両腕の皮膚が数カ所、乾いてかゆく
> なってきました。
>
> これを、松本先生に話すと、
> 「アトピーじゃよ。」と
> 「症状が出ることは、ええことや言うとるやろ、
> 気になるようなら、漢方だすけど、
> 悪いもん出し切ったら治るよ。
> 自分の免疫が治してくれるよ。」
> って、
> 思わぬところで、松本理論を体験できてしまったって、感動した。
>
> 結局、食べないことと免疫力との関係は、はっきりわかりませんが、
> 免疫を数値で測るってことにも、無理があるようにも思います。
>
> いくら免疫を強化しても、敵がいない、敵が弱いとね。
> 数値に表れるんだろうか?
> などと考えたりもします。
>
> また、今回もまとまりの無い文章になってしまいましたが、
> 毎日メルマガ楽く拝見しております。
> ありがとうございますm(__)m
>
> リズ・ブルボーさん(心)に関連してですが、
> 松本先生も、
> 病気を作るのは自分自身である。
> しかし、病院では、原因の追及などしないし、
> 自分の置かれた環境(家族や仕事などの人間関係や
> 食事や生活環境)がストレスを生んでいることに、
> 気づかない人が多い。
> 治っても、また同じ環境に戻れば、同じことを繰り返すと。
>
> 心の話は、長くなるので今回は書きませんが、
> 嫁の癌の原因も心です。
>
> 京都(断食)で、心に関し多くを教えてもらい、
> 今は地元で、さらに深く教えてもらってます。
> (ごく簡単に書くと、自己の深層心理に何かがあり、
> 幼いときの記憶、トラウマなど、
> それが原因で、自分を許せないってことを理解し、
> それを捨ていくことで、自分を許すってこと。)
>
> それではまた(^^)/~~~

          ◇

 うれしいご報告、ありがとうございます!
 こちらのメール、じつは、ちょっと前にもらったものです。のちほど、さらにうれしいメールが届くのですが、それはまたのお楽しみに。
 そう、がんにも効くんです、松本医学!
 というか先生のおっしゃるように、患者自身の免疫が、がんにも効くのだ。

 ところで最近書いていませんが、わたし、松本医院での治療はもちろん続けています。いまは大阪まで移動できない体なので、電話して薬を送ってもらっているのですが、そのとき、
 「きみのメルマガ読んで来たって人がおったでえ〜」
 よく、そう言っていただきます。それも、
 「きみのメルマガ読んで来たって人は、レベル高いんや。みんな水準以上や!」
 私がほめられたわけじゃないですが、すっげーうれしい(笑)
 免疫も何もわかっていない人が来ると腹が立つのだそうです。「愚かな人は愚かな医療を受ければよい」とまでホームページに書いておられます。よほど腹にすえかねるのでしょう……。

 さて、Take4iさんの奥様ですが、「免疫が8」って、ほんと危険な状態だったのですね。それが16になったとのこと。
 これ、数値からいって、リンパ球のパーセンテージのことですね?

 白血球全体のうちリンパ球がどれだけの割合を占めるか。これが、いわゆる免疫力なのだ。
 免疫には先天免疫と後天免疫というのがあります。
 先天免疫とは体に細菌が侵入したら即座に食い殺す好中球(こうちゅうきゅう)とかマクロファージのはたらきのこと。
 後天免疫はウイルスや未知の異物が入ってきたとき抗体という追尾ミサイルを撃って捕獲し好中球たちに食わせるリンパ球のはたらきのことです。
 で、難病時代のいま重要なのは、人間がつくりだした未知の異物(化学物質)に対応できる後天免疫で、その力がリンパ球のパーセンテージでわかるのです。30%以上あればいちおうは合格、40をこえれば健康です。難病を防げるし、難病になっても治しやすい。
 Take4iさんの奥様は、着実にそこへ向かわれていることになります。
 ちなみに松井の白血球は、いま……12%。「死にぎわの老人の数値や(笑)」って松本先生に言われました。
 これが松本医学を3年やってもほとんど上がらなくて、どうしたのかなー、なんでかなー、と思ってましたが、前回までに書いてきた記事でナゾがとけた。
 まさかまさか、トラウマが原因で、しかもトラウマは脳だけじゃなく筋肉に入っているなんて! そんなのしらねーよってかんじです。カウンセリングに使ったン十万かえしてー(笑)
 って、あれはあれですばらしく効果があったからいいんだけど……難病の防止や治療までには至らなかったのね。トラウマ解放エクササイズの効果が楽しみです。
 あとやらなきゃいけないのが――


> 長くなるので今回は書きませんが、
> 嫁の癌の原因も心です。

> (ごく簡単に書くと、自己の深層心理に何かがあり、
> 幼いときの記憶、トラウマなど、
> それが原因で、自分を許せないってことを理解し、
> それを捨ていくことで、自分を許すってこと。)


 「自分を許す」。
 奥様、それができるとよいですね。私も。
 メールありがとうございました! それではまた♪

 (つづく)


 ※松本医院での診療を希望される方は
  松本医院ホームページ http://www.matsumotoclinic.com
  熟読のうえにも熟読されてからになさいますよう、
  お願いいたします。




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 ◆ 編集後記
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 よく脳年齢とか肌年齢がいくつだとかいいますけど、リンパ球年齢ってのもポピュラーにしないと。
 ……松井は90歳くらいか?





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世界最高の手紙 [2015年03月28日(Sat)]

  ◆続・クローン病中ひざくりげ(108)
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 父から手紙が届いた。
 「えっ? まさか……」
 開封する指があわてた。

 さかのぼること2週間前。私のほうから、父にこんな手紙を送っていたのだ。
 「まえから、ひとつききたいことがあったんですが、いいですか? ぼくはこんなできそこないの子になっちゃったけれど、それでも、生んでよかったと思うかい? クローン病は必ず治すけど、もし仮に一生このままだったとしても、ただ生きてさえいれば、それでいいかなあ? どうか教えてください。」
 カウンセリングをして以来、いつかきかなければいけないと思っていたことである。ずっと決心がつかずにいた。まだ、きく関係ができていない。そう考えたのだ。
 それが最近は、父との関係もずいぶんよくなってきているような気がしているし、『自分を愛して!』の本にも、父親とのわだかまりを解決しておかねばならないと指摘され、もういい加減クローン病を治したいし、それに父ももう七十、いつまでも生きていてくれるなんて思っていたら、こんな大事なことをききそびれたまま永遠にきけなくなってしまうことだってありうる。とうとうきくことにしたのである。
 そして、この手紙が到着するであろう日の、朝。ケータイの電源をいれると留守電のアイコンがでていた。「実家」と表示されている。緊張しつつ再生した。
 「ああ、お父さんだ。いつもの薬代、送っておいたから、確認してくれ。それだけ。ブツッ」
 へなへなした。全身の力が抜けた。まだ手紙が着いていないのか、それとも、読んだけれども何をたずねているのか意味がわからなかったのか。いずれにせよ、着金のむねは電話しておかないといけない。尋常でなく緊張しつつ実家にかけた。なかなか出ない。
 出た。
 ……留守番電話が。
 私も用件だけ入れて切った。
 たったこれだけのことだが、しばらく横にならなければ回復しないくらい、疲れた。

 それから1週間後のことだった。父から手紙が届いたのだ。「えっ? まさか……」めったに手紙をよこさない父である。あの回答にちがいない。開封する指があわてた。
 果たして、いつになく長い文面がしたためられていた。
 読んだ。――望んでいた答えが、たどたどしい文章でつづってあった。
 その手紙を私は枕元においた。寝る前に読んだ。起床してすぐに読んだ。毎日、読んだ。
 文面は、父のプライバシーにかかわるところだけカットすれば、公開してまずいものではない。
 これが父からもらった手紙である。

          ◇

 拝啓

 大寒を迎え冷え込みがますます厳しくなりましたがその後いかがお過ごしでしょうか。(中略)
 さて、二郎の質問ですが、お父さんもお母さんも子供から子育てという夢と希望をもらいました。そして何もやることもなかったおばあちゃんも保育所の送り迎えという張り合いができ生きがいをもらいました。お父さんも前の古い家は道路沿いで危険なので子育てにはよくないと思い今の家を建てる決心をしました。それから我が家には財産がないので子供には教育が財産だと思い働いたお金は進学後の送金にあてました。そのぶん預金はありませんでした。親は子供から生きがいという力をもらっているのです。

 お父さんが一つ反省していることがあります。それは二郎が中学生の時いじめにあっている時助けてやれなかったことです。あのころは仕事のことばかり考えていていじめについてあまり深く考えが至らなかったのです。今思えばあの時会社を休んででも学校に行って先生方と話し合うべきだったと思いました。申し訳ありませんでした。
 第二に、親は子供の顔を見るのが何よりの楽しみなのです。今は二郎も病気で苦しんでいるけれど医学も日進月歩でクローン病も完治するときが必ず来るものと信じています。信念を強く持って前向きに生きて下さい。父母は常に二郎の早い快復を心から願っています。(中略)二郎がつらくとも生き続けることが親孝行をしているのだと思って下さいね。(中略)

 お父さんは中卒のため自分の思い通りに文章がうまく書けませんが私の気持ちが伝わればうれしいです。簡単ではありますがこのへんで失礼致します。父より

二郎へ

          ◇

 私も1週間くらいして返事を出した。
 こう書いた。

          ◇

 前略

 先日は心のこもった温かい言葉をたくさん書いて送ってくれて本当にありがとうございました。子供のころからの胸のつかえがスッとおりた気持ちです。私はてっきりお父さんに嫌われていると思い込んでいたのです。
 子供のころの私の目からは、お父さんはとてもこわい人にうつっていました。なんだかいつもプンプン怒っているように見えました。それが、私がだめな子だからじゃないかと思って、お父さんの機嫌が良くなるように、言いたいことも言わずにいい子にしていました。でも、お父さんの機嫌は良くなりませんでした。
 今にして分かることですが、大人であるお父さんに苦しいことやつらいことの一つや二つあるのは当たり前で、それは子供の私のふるまいなど問題でなかったのにちがいありません。しかし子供というのは馬鹿なもので、子供なりに家のことを考え、みんなニコニコするように、一家仲良くなるように、お父さんとお母さんがケンカをしなくなるように、必死に努めたのです。

 小さいころの私は、いい子だったでしょう? 本当は、性根はいい子なんかじゃないのですが、私がいい子にさえしていればいつか松井家はみんな仲良くなると思って、そうならないのは私のせいだと思って、もっといい子にならなければと思いました。
 だから、いじめられても黙って学校に行きました。学校がいやでいやでたまりませんでした。毎日が地獄でした。集団になって私は殴られたり蹴られたり、クツを隠されたり、授業中にうしろから叩かれたり、100円ライターの発火装置で電流を流されたりしました。それでも、私はお父さんに好かれたい一心でいい子にしていました。
 中学校で勉強をがんばったのもいい子になりたかったからです。成績が良くなるといじめられなくなったのでホッとひと安心したのですが、中学3年の12月から、思い出すのもつらい地獄のいじめにあいました。そのころはいっちょまえにプライドもあったので、よけい言い出せませんでした。学校へ行くと誰も口をきいてくれず、毎日学校へ行ってはぽつんと一人で過ごし、長い長い一日を耐えて、黙って家へ帰りました。
 そのいじめをやった連中の一部が高校も一緒だったので、高校3年間も地獄でした。ファミコンばかりやっていたのはそのせいなんです。もう勉強したって何をしたってムダだと思いました。もう自分には生きる価値がないと思っていました。私はゴミクズだと思っていました。でも、ゴミクズを育てるのではお父さんに申し訳ないと思い、それでも勉強はしました。本当はもう何もかもいやでした。でもいい子を演じ続けようとしました。お父さんに認めてもらえないことは私にとって恐ろしいことでした。

 私はお父さんに愛されていることが分からなかったのです。だからお父さんに助けを求めればいいのにそれをしませんでした。ゆるしてください。
 これはお父さんを責めているのではありません。そのとき私が言うべきだったのに、愛されていることを感じる能力が足りなかったばかりに、嫌われていると思い込んで、好かれようとして勝手に間違った努力をしてしまいました。反省しています。これは私からのお詫びの手紙です。
 先日のお父さんからの手紙で、私はおのれの間違いを知りました。お父さんに好かれていたことがようやく分かりました。いじめを止めてくれることを考えていてくれたのを知ってとても嬉しく思い、救われた気持ちになりました。
 お父さん、ぼくのお父さんでいてくれて本当にありがとう。くれぐれも長生きしてください。クローン病を治して遊びに行くんですからね。それではまた。不尽

 二郎より

 (つづく)




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 ◆ 編集後記
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 この記事は、別のメルマガで先に公開しましたが、こんなメールをいただきました。

          ◇

> お手紙よかったですね〜
> メルマガ読みながら泣いてしまいました。
> やっぱり言葉にしないと伝わらないことっていっぱいありますね。
> 一言お祝いを言いたくて、メールしました。
> これからのメルマガも楽しみにしてます。
> ではでは
>
> こまめ

          ◇

 どうもありがとうございます。まさか父が、私の質問にすんなりと、真っ向から答えてくれるとは思っていませんでした。
 いや、すんなりではなかったでしょうね。ウンウンうなって書いてくれた姿が目に浮かびます……。
 ううう、泣かせるじゃねえかあ、おやじ。
 父とこんな話をしたことは生まれてこのかたありませんでした。よもやあの父がこんなことを書いてくれるなんて。こんなふうに思っていてくれたなんて。
 ああ、もうよけいなコメントをしないで、ここで締めるとしよう。私がぐだぐだ何か付け加えるよりも、「思い通りに文章がうまく書けませんが」とあるけれどこの世界最高の文章を、よく味わってもらえたらありがたいです。





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