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松井 二郎
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死んでいた「生命の泉」 [2013年01月11日(Fri)]

  ◆このメルマガは
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 私、松井の人生を変えた1日2食健康法をお伝えしている、のですが、もうひとつ、すごいことを知ってしまったので、いまは中断してそのことを書いています。


  ◆その "すごいこと" って?
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 難病の原因と治療法です。松井はクローン病でして、常識では死ぬまで治らないことになっていますが、治る方法がわかっちゃいました。


  ◆これまでのあらすじ♪
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 1日2食を提唱し難病も治す甲田光雄医師のもと、クローン病の治療をはじめるも、根性がなく、脱線につぐ脱線をしているうちに甲田先生が他界。途方にくれていたが、
 免疫を高めることで難病を治す松本仁幸医学博士を知り、こんどこそはと松本理論による治療に取りくむ。完治への道は順調、であるかにみえた。
 が、免疫のリバウンド(いわゆる好転反応)があまりに激しく、免疫の高まりがあまりに遅い。これはいったいどうしたことだ。


          ◇


 謹んで新年のごあいさつを申しあげます、松井二郎です。
 本年もどうぞよろしくお願いします!

 ではさっそく、コチラの続きを。




  ◆続・クローン病中ひざくりげ(31)
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 難病との戦いは免疫のリバウンドとの戦いである。

 免疫のリバウンドの激しさが、そのまま闘病の激しさとなる。
 そして、どれほど免疫のリバウンドが出るかは、治療をはじめてみなければわからない。いつ終わるのかもわからない。松本先生にもわからないし、私にもわからない。免疫のみぞ知るところである。
 生まれてから、今日まで、どれほど免疫をおさえてきたか。それで決まる。

 私は、ずいぶん、免疫をおさえてきてしまったようである。

 まえに母親から、
 「じろくんはね、」
 じろくんとは私のことだが、
 「生まれてすぐ点滴を打ったのよ」
 そう言われたことがある。思いだして、急に気になってきた。

 実家の母に電話をかけた。
 「まえに、ぼくが生まれてすぐ、点滴したって言ったよね。生まれてすぐって、いつのこと?」
 「生後10ヵ月のときだよ」
 「なんでそうなったの」
 「熱が出て、1週間下がらないもんだから、医者に連れていったのよ。そしたら、髄膜炎(ずいまくえん)かもしれないから病院を紹介する、っていわれてねえ。そこ行ったの。そしたら、髄膜炎ではありませんでしたが、熱は下げておきましょう、っていわれて。足に針を刺して、じろくんは泣いたけど、足に重りをつけて動けないようにされてね、24時間、10日間 点滴したのよ」
 「10日ぁ! それ何の薬だったかわかる?」
 「さあねえ」

 なんてこった……。

 状況からして、点滴されたのは解熱剤だろう。
 免疫をおさえる薬である。
 髄膜炎なら、脳に障害がおきてしまうから、免疫をおさえてでも熱を下げねばならない。それでこそ西洋医学の面目躍如である。
 しかし、そうでなかったにもかかわらず点滴するとは、意味不明だ。

 この解熱剤に10日間も抵抗し、熱を下げさせなかった私は、そうとう生命力が強かったことがわかる。
 言葉をかえれば、免疫力が、強かった。
 クローン病になど、ならない体を、母親からもらって生まれてきたのだ。4100グラムの、まるまる太った健康優良児であった。
 それを。
 ああ、それを!
 この医師は、何の権限あってか、生後10ヵ月の私の免疫を、殺してしまったのである。

 私の記憶がスタートするのは5歳くらいのときからであるが、顔は青白く、いつも下痢がちで、おなかが痛いといっていた。外に出て走り回る、などということはなく、家の中で、字を書いたり、絵を描いて遊んでばかりいた。いつもおとなしい、母親の言葉をかりれば「手のかからない」子供であった。まったく、子供らしい生き生きとしたところがなかった。
 そりゃ、そうだ。松本仁幸先生は免疫を「生命の源泉」とおっしゃる。その免疫が、死んでいたのだから。

 28歳のとき発症したクローン病は、このときすでに、その素地ができあがっていたものと思われる。

          ◇

 家族はもちろん、医師も、私を救おうとしてやってくれたことかもしれない。
 そのことには礼を言うべきなのであろう。
 ただ、これで、クローン病になる条件をひとつ大きく満たしてしまった。

 そして、この時点で免疫が壊滅していたのであれば、成人したいま、免疫を回復させる道は、長い、激しいものになっても、むりもない。

 (つづく)




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   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 闘病していると、どうしても突きあたるカベがある。

 " なんのために、オレはここまでするのか " だ。

 好きなものも食べられない、思うように動けない、仕事もろくにできない。
 一日、天井を見上げ、ジッと痛みに耐えていることに、どんな意味があるのか。
 治ったら元気になれる、といっても、治ったところであと3〜40年もしたら死んでしまうのだ。
 だったら、つらい東洋医療などやめて、死ぬまで薬漬けになってラクをするという道もあるのだ……。

 「これ、読んでみてください」
 甲田光雄先生は、よく私に仏教の小冊子をくださった。

 " なんのために、生きねばならないか "。

 このカベを、越えさせたかったのであろう。
 先生は他界されてしまったけれど、いまでも仏教は学び続けている。

 仏教といえば思いだす友人に、長南 瑞生(おさなみ みずき)さんがいる。

 私(松井)は、ラクになれる薬をいくらすすめられても応じない周知のとおりの変人であるが、
 東大物理学科を卒業して仏教を伝える道にすすんだ長南(おさなみ)さんもそうとう変わっているといえよう。
 その長南さんが、

 「仏教史上初の、ウェブのみの通信講座をつくりました」

 というので、さっそく受講してみた、のだが
 ("ウェブのみ" とは、申込用紙とかテキストが紙で送られてきたり送り返したりということがなく、申込から受講まですべてウェブでできるということ)、

 これが、じつによかった。
 わかりやすい。内容が良い。受講が手軽。
 とっつきにくい題材であるが、長南(おさなみ)さんの説明が明快でいい。いまのところ、ウェブで仏教を知るにはこの講座がベストではないか。

 まずは無料のメルマガに登録できる。
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 ◆ 編集後記
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

kao07.jpg ヘビ年に ヘビィな新章 はじめます。





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毎日、いじめられるために [2013年01月21日(Mon)]

 生まれてすぐにナゾの点滴をされたけれどもその中身が不明だった、と前回書いたら、こんなことを教えてくださる方がありました。

> 松井さん、こんにちは。
> しがない研修医やっております、くまちゃんです。
> そして、明けましておめでとうございます。昨年は、
> おもしろいメルマガありがとうございます。
> メルマガを読んでて、思い出したので、メールさせて
> いただきました。
> 髄膜炎でなくて、よかったですね。
> 10日も点滴を受けたんですね(゚Д゚)
>
> 解熱剤かもしれませんが、もしかしたら抗生剤かも
> しれませんね。
> わたしは、小児科や産婦人科には全然詳しくないので
> 良くわかりませんが…
> 以前、講演会に行った時に、炎症性腸疾患について
> 偉い先生が言われてたことなんですけど、
> 幼い頃に抗生剤などで腸内細菌フローラが変わって
> しまうとかなんとか。
> 腸内細菌の割合は、何歳か忘れたんですが、幼い頃に
> 決まってしまうみたいです。
> そして、クローン病などになる方は腸内細菌フローラが
> 健常人と違うとか…。
> 難しい講演で、わたしなんか曖昧な記憶しかなく、
> どこの偉い先生かも覚えてないんですが…。
> メルマガ読んで、はっ!としましたので。。
>
> 今は、研修医として、目の前にある作業でいっぱい
> いっぱいで、講演会の内容もまだまだ理解できない
> ですが…が、がんばりますっo(^▽^)o
> では、お身体お大事にしてください。
> (=゚ω゚)(レジデントKUMA)

 研修医さんからの貴重なご意見でした。どうもありがとうございます!
 そっかぁ。抗生剤だったのかもしれないのかぁ。
 もしそうなら、免疫はノーダメージだったはずで、やれやれ、と思ったら、な、なんと、抗生剤で腸内細菌フローラがやられるとは!

 腸内細菌フローラ、別名、腸内細菌叢(そう)ともいいますが、これは腸内細菌のコロニーみたいなもの。このコロニーがうまく形成されている人は健康で、そうでない人はその逆になります。
 健康は腸で決まるといいますが、腸内細菌叢で決まるといってもよく、少食にするのも腸内細菌叢を良くすることが目的のひとつです。
 もし、点滴されたのが抗生剤なら、免疫は死ななかったけれど、腸内細菌叢が死んでいたのかもしれないのですね……。
 ん〜、どおりで、もの心ついたときから、いつもおなかが痛くて、ゲリッてたわけだ(笑)
 あ、笑いごとじゃねぇ。
 いずれにしろ、あの生後10ヵ月のときの点滴が、クローン病の素地をつくったと見てよさそうです。

 と、話はここで終わらないのだ。
 それでは、続きを。




  ◆続・クローン病中ひざくりげ(32)
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 生まれてすぐに10日間ナゾの点滴をうけたことがわかった。
 しかしこれは、クローン病のきっかけができたにすぎない。より、私の免疫をおさえたものがあるのだ。

 ストレスである。

          ◇

 5歳まで、私には外出した記憶がない。
 わいてくる記憶はいつも、家の中で紙とエンピツを友達にして、なにやらくしゃくしゃ字を書いたり絵を描いたりして一人で遊んでいるところである。
 しかしそれを私はしあわせに感じていた。

 しあわせは、5歳のとき終わった。

 「じろくん、学校へ行く練習をしておこうね」
 母が突然、そう言いだし、保育所へ通うことになったのだ。
 この、母のいう "練習" は、時すでに遅かった。
 はじめて見る、自分と同じ年頃の人間がひしめく空間に、私はうろたえた。じろじろ、周囲を見まわしてばかりいた。
 「じろじろ見るから、じろうっていうのかなぁ?」
 "まつい じろう" という名札を見て、一人がからかってきた。
 このとき、
 「ちがうよ、バカじゃねーの」
 とでも言ってやればよかったのだが、私は、黙って下を向いてしまった。

 このとき明暗が決した。

 なにを言っても反応しない、おとなしい私に対し、彼らは身体的接触という手段をもってコミュニケーションをはかろうとした。
 この行為を、いじめ、ともいうようだ。
 とにかく、つねに、ひっぱたかれた。
 「やめてよ……」
 と小声で、精いっぱいの勇気をふるって言うのであるが、そうするとよけいに手やら足やらが飛んでくるのだ。もちろん、複数である。
 保育所とはなんと恐ろしいところであろうかと私は思った。朝、家を出たときから、早く一日が終わることばかり念じていた。

          ◇

 もっと恐ろしいところがあった。
 小学校である。

 小学校は、これは田舎の特徴であるが、保育所のメンバーがそのままクラスメートとなる。
 これで6年間の明暗が決した。

 私は青白い顔をして、体つきはひょろひょろしていた。しょっちゅうカゼをひき、熱を出していた。
 いちばん困ったのは、腹痛だった。
 毎日のようにおなかが痛くなった。そして、腹痛に襲われたあとは、決まって下痢。
 トイレへ行くと、クラスメートがついてくるのだ。私が個室に入ると、何人も上からのぞきこんで笑った。

 最も嫌いな科目は、体育だった。かけっこをすると必ずビリになり、ドッジボールでは真っ先に狙われた。
 休み時間は、れいによって字を書いたり絵を描いたりして過ごしていた。
 あるとき朝のホームルームで担任が言った。
 「テレビでやってたけど、いま、体育ができない子供とか外で遊ばない子が増えていて、そういう子を、もやしっ子、っていうんだって」
 みんないっせいに私の顔を見た。
 ホームルームが終わり、担任が出ていくと、いつも私をいじめている男子が立ちあがって、席に歩み寄り、
 「おい。もやし」
 と言った。
 教室は爆笑につつまれた。

 私は、いじめられっ子として、板についた。叩かれることには、悪い意味で慣れてしまい、当たりまえのように受けいれていた。
 とりわけイヤだったのが、"カンチョー" である。油断していると、いきなり、
 「カンチョー!」
 の掛け声とともに、両手を組んだ人差し指2本が肛門に入ってくるのだ(油断していなくてもやられるのだが)。このころ大いに視聴率をとっていた "オレたちひょうきん族" の影響である。

 毎日、いじめられるために学校へ行った。
 小学2年のとき、近所の橋で、欄干に立ち、下を流れる川を見下ろしている夢をみた。
 クツはそろえ、その横に遺書が置いてあるのだ。
 橋から川までは3メートルほどで、水位もヒザくらいしかないのだが。
 しかしそんなところにも飛びこもうとするほど、小学2年の私は、すでに生きることを限界に感じていた。

          ◇

 いじめは高学年になるとかわいげもなくなってくる。

 授業中、うしろの男子が、私の頭を叩く。
 私は、うしろを振り返る。
 いじめっ子は、すまして下を向いてノートをとっている。
 私は、前へ向きなおる。
 また、うしろから叩かれる。
 振り向くと、彼はノートをとり続けている。
 「松井くん!」
 先生が怒鳴った。私は、罰として教室の前方に立たされた。

 このころ、"カチンコ" といって、ライターの点火装置をとりはずして攻撃用にしたおもちゃがはやりだした。カチンコを体にあてて、カチン、とやると、電流が流れて皮膚表面に激痛が走るのである。
 授業中、私にもちいられる武器は、ゲンコツからこのカチンコに切り替えられた。先生の死角から、カチン、カチン、とやられるたび、私は歯を食いしばって耐えた。
 休み時間は、クラスメートがカチンコを持って私を追い回した。私は逃げるのであるが、10人くらいで私をつかまえて、手足をおさえこんでしまうのだった。クラスメートたちは、カチン、カチンとやって、そのたびに私が叫び声をあげるのをきいて楽しんだ。

 いじめられっ子というのは、一度それと決まってしまうと、抜けだすことは難しい。
 大人になったいまにして思うと、子供社会は信じられぬほど残虐である。

 体の痛みよりも、女子からの視線が痛かった。とくに、好きな女の子から見られているとき、私は心の底から死にたいと願った。
 「ああ、ぼくの存在意義は、こうして、人から笑われることなのかもしれない」

 クローン病の真の原因、ストレスが、幼い私に着々と蓄積されていた。

 (つづく)




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 このとき、「生きる意味のメルマガ」を読めていれば、そんな誤った人生観をもたずにすんでたな……。

 前回もすこし書きましたが、東大卒の友人が仏教をつたえる道にすすみまして(どーゆー経歴だ)、いま彼のメルマガを読んでます。

 苦しくてもなぜ自殺してはいけないのか。

 その答えが、現在の実存哲学よりも2600年前にハッキリと解説されているとは。
 メルマガの内容も宗教宗教してないところがいい。


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 ◆ 編集後記
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

kao07.jpg 最近のいじめのニュースを見ていると、自殺した子が、どれだけ苦しんだか、よくわかるのでやり切れません。
 どうやって職員がこれを防ぐか、防げないのか、カンカンガクガク議論されていますが、いじめは、受けたひとでなければ、わかりません。そして、いじめを受けたひとは、絶対に教員にはならない。
 職員室に、いじめをわかる人は、いないのです。
 例外的な先生もいるのかもしれませんが、少なくとも私はずっと放っておかれました。
 茶を飲み、お気楽な職員室からは想像もできない地獄が、教室ではひろがっている。
 いじめを防ぐ唯一の方法は、親が死ぬ気で子を守ることです。





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どうしてこんなにダメなんだろう [2013年01月29日(Tue)]

  ◆これまでのあらすじ♪
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 免疫のリバウンド(いわゆる好転反応)があまりに激しく、免疫の高まりがあまりに遅い。
 その原因を、私は子供時代に探りはじめた。
 まず、生まれてすぐ10日間、24時間、点滴で薬漬けにされたことがわかった。

 さらに記憶をたどると、クローン病の真の原因、ストレスがみえてきたのだ。




  ◆続・クローン病中ひざくりげ(33)
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 帰ってきて、学校でいじめられたとでも言おうものなら、父親は怒り狂うのだ。
 「なんべん言ったら分かんだ! やられたら、やり返せっつってんだろが! キンタマついてんのか! おめぇは、女の腐ったような奴だ!」
 父は立ちあがり、
 「根性いれてやる! 頭もってこい」
 だまって、頭を差しだす。
 くるぞ。くるぞ。
 脳天に衝撃が走る。直後、痛みが鋭く襲う。おそらく指の背中部分ではなく骨のところで殴っているのだとおもわれる。
 「今度は、やり返せよ!」

 母親が口をはさんだ。
 「そんなこといったって。できないものは、しょうがないじゃないの。ねえ、じろくん。お父さんは、ほっといて、お菓子を食べましょうね」
 「おめぇも百年の不作だ! 実家でとうちゃんが待ってるぞ。帰ったらどうだ!」

 父が去った居間で、母はコーヒーとお菓子を、2人ぶん、テーブルに並べた。このときのお菓子は百円均一のクッキーと決まっていた。
 母のコーヒーのいれ方は、ネスカフェゴールドブレンド小さじ1、クリープ小さじ2、砂糖小さじ2と、これも決まっていた。順々にこれらをカップへ投入してしまってから、お湯をそそぐのだ。
 母は湯気のたつカップを、スプーンでかきまぜた。そのたびに、カラン、カランと乾いた音が立つ。
 「ねえ、じろくん。お母さんと、お父さんが、離婚したら、じろくんはどっちについてくる?」
 「……」
 私は、母にならってスプーンを回した。
 「ほんとうに出ていきたいわ。でもね、じろくん、じろくんがいるから、お母さんは離婚しないで、がまんするからね」
  「……」
 私はクッキーをほおばる。口の中に甘い味がひろがった。
 「じろくん! じろくんだけは、お母さんの味方でいてね。お母さんを捨てないでね」
 「……うん」
 私は、お菓子を食べつづけた。

 お菓子を食べているときだけが、このころの私は、幸せだった。
 しかし、そんな幸福も、つかのまに破れるのだ。
 「ただいま!」
 ああ。お兄ちゃんが、帰ってきてしまった。
 「おい! ばかじろ、いるか」
 「お兄ちゃん、お帰りなさい」
 「おっ、いたか、ばかじろ。ちょっとガム買ってこいよ」
 私は、兄の「パシリ」であった。兄は私を駄菓子屋に行かせるのだ。
 「行けっ! ばかじろ。10分以内。ヨーイ、スタート!」
 私は、死にもの狂いで走った。
 「買ってきたよ」
 ガムを差しだすと、
 「おせぇよ!」
 頭を殴られる。父のマネなのだ。というより、兄も父に殴られるから、ばかじろを殴ることで、うまくストレスを解消していたのである。
 私は泣き叫んだ。兄は笑ってガムを口に入れた。
 「なに泣いてんだよ。ばかじろアホじろコケじろ、ばかじろアホじろコケじろ、
 ばかじろアホじろコケじろ
 ばかじろアホじろコケじろ
 ばかじろアホじろコケじろ
 ばかじろアホじろコケじろ」

 「なにケンカしてんだ!」
 父に発見された。こんなときは、なお災難である。ふたりとも殴られるのだ。
 「ケンカ両せいばいだ!」
 あの指の骨のゲンコツである。兄と私は、あまりの痛みにしばらくうずくまった。
 父がいなくなると、兄はまた私を殴った。

          ◇

 "おめぇは、女の腐ったような奴だ"
 父の言葉が頭から離れない。
 ぼくは本当に男の子なのだろうか。学校のほうでまちがえて、男子のほうに入れているのではないか。

 "キンタマついてんのか"
 私はトイレへ行くたび股間をたしかめた。キンタマ、ついてる……。

 "やられたら、やり返せ"
 父の教えを、守りたい。
 あいつらに、一矢、報いるのだ。
 私はクラスメートからいつもどおりに殴られたあと、反撃など思いもよらずに笑って立ち去ろうとする相手に、恐怖にふるえながら手をだした。チョン、と、蚊も殺せないていどに、叩くというより、さわるのだ。
 お父さん。やったよ。これでぼくは、女の腐ったのじゃないよね?
 しかし、
 「なんだてめェ!」
 これで私は完全にボコられてしまうのだった。

 「ぼくはどうして、こんなにダメなんだろう」

          ◇

 くれぐれも念を押したいのだが、家族を糾弾することがこの稿の目的ではない。全くそれは私の意図するところでない。
 いま家族は、クローン病の私を、優しく支えてくれている。
 それでも、どうしても、クローン病の原因をたどるために、この子供時代を回想することを避けるわけにはいかないのだ。

 学校も地獄なら、家も、私が守られる場所ではなかった。
 もっとも、当時の私にその自覚はない。しあわせな家庭だと思っていたし、実際、父も母も健在で、雨つゆをしのぐ家があったのであるから、「私の子供時代は不幸でした」なんていったら、何様のつもりか。

 ただ、私は、助けを求める声を誰にもあげることができずにいた。

 (つづく)




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   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 よくまぁ自殺しなかったよ。

 当時のじぶんに読ませてやりたいのが、「生きる意味のメルマガ」。

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 メルマガの内容も宗教宗教してないところがいい。


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 ◆ 編集後記
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

kao01.jpg 余談ですが(編集後記だから余談にきまっているが)、わが家ではコーヒーといったらインスタントコーヒーしか飲まず、あのフリーズドライのカクカクした粉のかたまりが、あれが "コーヒー" なのだ、と私は大学生になるまで思い込んでいました。
 一人暮らしをはじめていた大学生のとき、なにもしらずにレギュラーコーヒーのバカでかい缶を「おっ、安いじゃん」と買って帰り、これでもうオチはわかったと思いますが、サッサとカップに粉を投入、お湯を注いで飲んだら、吹き出しかけました。
 その点は、家族をうらみます(笑)





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