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松井 二郎
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別れと決意 [2012年05月08日(Tue)]

 前回のつづきです☆




 ◆続・クローン病中ひざくりげ(6)
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 「入院は……いまここで決めないといけませんか」
 「いますぐでなくてもいいですが、きょう明日には決断してくださいよ。それほど急を要する状態だということです。私は、きみを死なせたくない」
 最後のひと言は、ずしりと胸に響いた。心がこもっていた。

 途方に暮れて、家に帰った。

 検査のためだけに病院を利用しようったって、どうやら、それは通らぬらしい。西洋医学には西洋医学のやり方がある。利用するからには、それを、すべてではなくとも、受けいれていく必要がある。
 しかし、ああ、だが、しかし、"レミケード" だけは受けいれられない!
 免疫を完全に止める薬。それは松本医学を捨てることを意味し、クローン病の完治を放棄することにほかならぬ。
 西洋医学の医師は、それを善意で、私が首を縦にふるまですすめるのだ。

 潮どきであろう。もう、ここへ来ることはできない。ここでの診療はやめると言おう。

 思えば、もっと早くそうすべきだったのかもしれない。
 松本仁幸先生のもとで治療をはじめてからというもの、ふたつの医院をかけもちする自分が、どうも、悪いことをしているような、後ろめたい思いがあったのだ。

 手紙を、担当医あてに、したためた。

 「お手紙にて失礼します。熟慮の末、私は自分の信念に沿った他院での治療に専念することにしました。先生のお話は私なりによく理解したつもりです。温かいお心づかいも痛いほどわかるのですが、まことに申し訳ございません。いままで大変お世話になり、まことに有難うございました」

 残念な別れであるが、しかたがない。
 封筒をポストに投函した。コトリと、音がした。ふーっと、息をついた。見上げた空が、青く澄んでいた。

          ◇

 数日後。
 ひさびさに松本先生と電話で話した。

 「それで、いまつらい症状は何〜?」
 先生はいつも磊落(らいらく)とされている。
 「おなかがものすごく痛いんです。転げ回っています」
 「この治療はリバウンドがつきものなのやで〜」

 それをきいて、心の底から安堵した。

 声もだせないほどの腹痛と、1日に、ときに30回におよぶ下痢。まるで、漢方薬が効かず、悪化しているように感じていたからだ。
 しかしこの治療はこういう経過をたどるのだった。
 松本医学を理解していてさえ、わからなくなるのだ。なにもしらない人には、私がただいたずらに西洋医学を避け、状態を悪くしているとしか思えないだろう。

 先生は、この痛みはリバウンド、つまり免疫力が上がってきたために起きている良い痛みであることを説明してくださった。

 「で、そんなに痛いのに、なんで電話してくれなかったの?」
 「それは……あまりにつらいので漢方が飲めなかったりお灸ができなかったりしていたので、ちゃんとやってからご相談しようと思いまして」
 「困ったことあったら毎日電話しい!」
 「は、はい」

 私はアホだ。まえからそう言ってくださっていたのに。ひとりで勝手に、悪化したのか、どうか、と悶々と悩んでしまっていた。
 松本先生を、自分の免疫を、信じ切ることができていなかった。

          ◇

 私の心は、いったい、どこまで未熟なのだ。
 いや、でも、いまは未熟と自覚できただけでも、よしとしよう。

 最近よく、心のうごきを見つめている。
 つねに人の評価を気にして、どう見られているかに焦燥(しょうそう)し、勝手にヘトヘトになっている。つまらない自尊心のせいである。おまえ、どんだけ、えらいんだ。
 これでは心が24時間戦う状態になり、免疫をおさえてしまう。自分で "レミケード" を打っているようなものだ。
 それでも私の免疫は、ストレスに打ち勝ち、回復してくれていた。
 なんと健気(けなげ)な!
 この健気さが、少しでも、私の心にあったなら。

 先生は、治療のために必要な心の持ちかたをアドバイスしてくださった。
 私は、自分の心の狭さで、クローン病をつくった。回復を遅くしているのもまた、私のちっぽけな人間性なのだ。
 クローン病を治すことと、心のありかたを変えることとは、私にとって同義だ。
 もっと、人を信じよう。
 もっと、自分を信じよう。
 そしてクローン病を治そう。治ったら、あの病院の医師に報告に行こう。

 (つづく)




 ◆腸管破裂は起きないの?
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 「松井さんの腸は、ほんとうに破れてしまわないのですか?」と、ご心配の声をいただいております。
 松本仁幸医師は、"腸管破裂は滅多にない" と、このようにおっしゃっています。


 「クローン病のような炎症性腸疾患の治療において、常に危惧しておかねばならないのは腸管破裂による腹膜炎であります。
 しかしながら何百人の患者さんを診察しているのですが、ステロイドを75000mg〜85000mg投与されてきた人でも、破裂は見られないことを考えれば、腸管破裂は滅多にないといえそうです。
 その代わりに腸管の最後部である肛門は筋層がなく、粘膜上皮と肛門の皮膚があるだけですから、炎症が起こると粘膜と皮膚がいけいけになり、痔ろうがほとんどの患者さんに見られるのです。
 これは肛門部以外の腸管には筋層があるので、筋層を破るほどの炎症は起こりえないということを物語っているのです」


 というわけで、安心していていいのではないでしょうか。

 最後に、"レミケード" なる薬を、なぜあれほどイヤがったのか、その理由を、これも松本先生の文章でご紹介しておきます。
 ただ、こっちはかなり難解。ご興味のあるかただけどうぞ。


 「レミケードは、大食細胞が異物が体内に入ったときにそれを食べてヘルパーT細胞に敵が来たと伝えるメッセージとなるTNF-αというサイトカインの働きを完全に封じ込めてしまう薬です。
 つまりレミケードはTNF-αと結びついて、異物が入っていない状態に一時的にしてしまうのです。
 薬の全てに言えることでありますが、一時的には働きを止めても永遠に止めることはできない上に、長く用いれば用いるほどその副作用が出てきます。
 というのは、TNF-αは何も化学物質という異物に対してだけにメッセージを送るのではなくて、全てのウイルスや細菌などの異物に対して“敵が来たぞ”という知らせを免疫システムに伝えるものですから、重篤な感染症や癌などが見逃されてしまうのです。
 さらに遅かれ早かれ、このレミケードも異物ですから、レミケードに対して抗体が作られ、レミケードを排除しようとする戦いが始まり、ショックを起こしたりして使えなくなってしまうのです。
 もちろんTNFという意味は、『腫瘍を壊死させる仕事もできる因子』という意味であり、癌もできやすくなってしまうのです。
 しかしそれまでは、まさにこの薬も製薬メーカーはぼろ儲けができるようになっています。
 というのも遺伝子組み換えで作った生物製剤といわれるものですから極めて高価であるからです。だからこそ患者負担が0である難病にしか使えないのです。誰が一回使えば10万円を越え、しかも治す事ができないレミケードという薬を用いることを望むでしょうか?
 この薬代は税金が使われるわけですから、損をするのは国民であり、得をするのは医者と病院と製薬メーカーという図式が成り立つのです。
 病気が治るどころか、副作用でいずれ苦しみ、しかも遅かれ早かれやめざるを得ないレミケードのような薬を認める厚労省の責任は一体どうなるのでしょうか?」


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 ◆ 編集後記
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
kao06.jpg ジロちゃん、じつはこのあと、入院したぜぇ〜。
 どうして入院したのかって?
 その理由が、ワイルドだぜぇ〜。

 また次回だぜぇ。




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入院しました…… [2012年05月18日(Fri)]

 前回からの続きです。




 ◆続・クローン病中ひざくりげ(7)
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 「レミケードを使います」

 担当医の決意は固いようだった。
 いけない。私は年上の男性から迫られると弱いのだ。
 ヘンな意味ではない。父親にせよ、兄にせよ、先生にせよ、同級生にもなのだが、なぜか同性に対しては、ものごころついたころから言い返せないのである。
 このままでは寄り切られる。逃げ出すよりほかはない。
 帰宅後、私は担当医に一筆啓上した。

 「お手紙にて失礼します。熟慮の末、私は自分の信念に沿った他院での治療に専念することにしました。先生のお話は私なりによく理解したつもりです。温かいお心づかいも痛いほどわかるのですが、まことに申し訳ございません。いままで大変お世話になり、まことに有難うございました」

 こうして私はずっと通っていた近所の病院をやめてしまった。
 本意ではなかった。それほどレミケードがいやだったのである。

          ◇

 レミケードは、難病・クローン病治療の決定版として、近年、定着した薬だ。この点滴剤を一発うてば、腹痛や下痢といったクローン病の症状は、6週間、ピタリと止まる。
 だが私はその正体を知っている。実際には、治るクローン病を治らなくするクスリの決定版なのだ(その理由は前回書いた)。

 クローン病は治らないと一般にはいわれている。全国3万人の患者は治らないことを前提とした治療を受けている。
 そんなものを治療と呼ぶのは言葉の意味からしておかしいのだが、とにかく医者はその場しのぎのクスリを患者にほどこすほかにすべがなく、結果としてよりいっそう「治らない」病気にしている。
 そのクスリのなかで最強のものがレミケードである。

 だが担当医は、心からの善意で、私にそれをすすめているのだ。
 私を2週間から4週間入院させたい、そのあいだにレミケードを投与するという。
 それに対し、私はあの手紙をもって返答とせざるをえなかった。

          ◇

 レミケードを毒薬と断じておられるのは、大阪・高槻に医院を開業する松本仁幸 医学博士だ。
 「この世に治らない病気はない」
 理論と実績に基づいて、そう豪語される。

 松本博士は、世間で「不治の病」といわれる病気をアレルギー膠原病(こうげんびょう)のまっぷたつに分けられ、いずれも原因を化学物質と断定されている。
 化学物質に対し、免疫といわれる体の防御システムがIgE抗体という武器で戦っているのがアレルギー、IgG抗体で戦っているのが膠原病である。
 これらの病気になる人は免疫力が異常なまでに下がっている。
 そこで、免疫力を正常レベルに高めてやると、IgG抗体で戦っている場合、クラススイッチが起き、IgEでの戦いに変わる。これによって膠原病はいったんアレルギーになる。
 IgE抗体での戦い(アレルギー)の人が免疫力を高めれば、免疫寛容が起こる。免疫は「化学物質に反応することは無意味」と学習し、戦いを終わらせるのだ。これでアレルギーが治る。
 したがって、膠原病もアレルギーも完治する。

 私のクローン病は、膠原病である。治るのだ。
 ただし、大前提となる条件がひとつある。
 「薬を使わなければ」だ。
 私が西洋医学から逃げだした理由はこの一点につきる。治るものを治らなくする治療を受けるわけにはいかない(それって治療じゃないだろ)。

 そんな私が、西洋医学の病院に、入院した。
 思わぬことがきっかけとなった。
 おしりが、激痛に見舞われたのだ。

          ◇

 2011年1月ごろから、どうも体調がおかしかった。
 クローン病だから、もともと体調がおかしいどころじゃないのだが、ずっとおさまっていた熱が、また出るようになったのだ。
 夕方になると、必ず38℃まで上がる。毎日である。

 熱は昼すぎから上がってくる。
 朝食を抜いている午前中はいいのだが、お昼を食べた直後から37℃台になり、夕方になるにつれて38℃前後まで上昇。夜には38℃後半になることもあったが、だいたい38℃止まりだった。
 全身がだるいが、咳も鼻水も出ない。膠原病(こうげんびょう)特有の熱なのであろう。
 「ヘンだな」とは思った。しかしこれが地獄の始まりとは、まだ気がつかないでいた。こんなことは、以前、よくあったからである。

 ところが3月に入ってから様子が変わった。
 「なんか、やたらだるいな」
 昼に車を運転してラーメン屋へ行き(クローン病でこんなことができるのも松本医学のおかげ)、食後、また運転して家へ帰り、熱をはかってみるとすでに38℃後半である。
 うわ、すげぇやつが公道を走っていたもんだ。

 こんな日が、毎日続くようになった。
 いや、ラーメン屋に毎日通うようになったのではない。毎日、昼から高熱がでるようになったのである。

          ◇

 これと同時に、ある異変がおきた。
 おしりに違和感をおぼえるようにもなったのだ。

 車の硬いシートにおしりをつけた瞬間、肛門にビリッとした痛みが走る。
 正確には、肛門そのものではなく、肛門のすぐ左側の皮膚が痛い。
 しかし完全に座ってしまえば、痛みは消えた。だからしばらくほうっておいた。
 だが頭のスミに、もしかしたらという思いがあった。
 「まさか、また "あれ" になったのではないか?」

 だとしたら……これは地獄への序曲だ。

 (つづく)


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 ◆ 編集後記
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
kao01.jpg 1年前を振りかえって書いていますので、いま入院しているのではありません。お見舞いのラーメンとか送っていただかなくて結構です(笑)




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助けてコーモンさま [2012年05月28日(Mon)]

 前回の編集後記にも書きましたけど、これは1年前のいまごろのことです。菓子折はいりませんよ〜(笑)
 では、つづきをどうぞ。




 ◆続・クローン病中ひざくりげ(8)
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ある異変がおきた。
 おしりに違和感をおぼえるようになったのだ。
 車の硬いシートにおしりをつけた瞬間、肛門にビリッとした痛みが走る。正確には、肛門そのものではなく、肛門のすぐ左側の皮膚が痛い。
 しかし完全に座ってしまえば、痛みは消えた。だからしばらくほうっておいた。
 だが頭のスミに、もしかしたらという思いがあった。
 「まさか、また "あれ" になったのではないか?」
 だとしたら……これは地獄への序曲だ。

 いや、そうとは考えたくない。
 考えたくない、が……7年前、あの "肛門周囲膿瘍(こうもんしゅういのうよう)" になったときのことを思い出す。

 そのときのことを、以前こう書いた。

          ◇

 出勤し、デスクの椅子に腰かけた、そのとき。
「イテッ!」
 思わず腰を浮かした。
 肛門に激痛が走ったのだ。

 ぼうぜんとした。数秒間、イスを見つめて立ち尽くした。
 なんだ? いまのは?
 おそる、おそる、もういちど腰かけてみる。今度は、そおっと……。
「ぎにぃやぁぁぁー!!」
 恥ずかしいから声は出さないが、尻がイスに接地すると、ビリッ! と肛門に電流が流れるような感覚があり、まさに飛び上がるほど痛いのだ。
 しかし、尻の穴が痛いだなんて、周りにどうして言えよう(いまではメルマガで堂々と言っているが)。なんとかして、悟られないよう、着席せねば!

 私は、体を右に傾け、そのまま静かに腰を落としていった。うまいこと、おしりの最も右のあたりをイスに接地させることができた。
 うん。痛くない♪
 問題はここからである。痛かった肛門を、できるだけ すぼめつつ、体の傾きをなくしていくのだ。姿勢が正されるにつれ、イスの座面と背骨とが直角になっていく。
 ついに、おしりがまともに座面に着いた。
「うぐっ……」
 電流は走ったが、飛び上がらずにすんだのだ。そして、いちど座ってさえしまえば、もう、痛くないのであった。明日になれば、治っているだろう。

         ◇

 翌日も痛いのであった。
 明日になれば、明日になれば、と2週間ほど放置した。

 もはや、あの「重心移動法」は通用しなくなっていた。肛門周辺がイスに接しているだけで電流が流れるようになったのだ。
 これには「半ケツ」で対応した。おしりの右半分で座り、疲れてきたら、左半分で座る。それに疲れたら、また右に。
 交互に、おしりフリフリ、仕事を続けた。
 明日、治っていてくれないものか。

         ◇

 明日は、明日は、とさらに1週間ほど放置した。

 もはや、「半ケツ」で座っても、肛門の痛みに耐えられなくなった。あまりの激痛に、仕事中、涙がでてくる。
 不審に思い、帰宅後、合わせカガミをして局所を見てみたのである。
「なんじゃこりゃあ!!」
 このとき私は、かなり恥ずかしい自分の姿を初めて見たのだが、驚いたのは、その恥ずかしい姿にではなかった。
 肛門の左側が腫(は)れあがっている。
 直径5センチはあろうか。その赤い腫れが、どうやら肛門の中まで続いているようなのだ。
 のんきな私も、さすがにビビった。医者に行く決意をしたのである。
 あさってになれば、土曜日だ。会社を休まなくても、医者に行ける。それまでガマンしよう。

 これが大誤算。
 金曜の夜中のことである。
 さらに痛みが増してきた。
 それまでは、おしりに何かが触れると飛び上がるほど痛かったのだが、いまは、もう、何をしていなくても飛び上がるほど痛い。
 独身寮の自室で、ベッドに突っ伏し、耐えているのだが、肛門のまわりが針で刺されるようで、思わず口から うなり声がでる。
 時間とともに、ひどくなる。眠ってしまおうと思ったけれど、それができない。
 時計をみると深夜2時をまわっている。私は叫び声をあげていた。
 こんなことなら、昼間のうちに医者に行くのだった。ひどい痛みと激しい後悔にさいなまれつつ、朝がくるのを待ちわびた。

         ◇

 一睡もできないまま、窓の外が白んできた。
 さらに時計の針がすすむのを待つ。
 朝9時。
「い、行くぞ……!」
 いまが出陣のとき。痛みを忘れよ。心を励まし、勇をふるって立ちあがる。

 ぎゃぴー!!

 痛すぎる。この世に、こんな痛みがあっていいのか。一歩もあるけない。
 だが、歩かなかったら、さらなる生き地獄に耐えねばならぬ!
 外に出た。われながら顔が真っ青になっているのを自覚しながら、タクシーを呼び止める。
「○○肛門科までお願いします……」
 地元でいちばん有名な肛門科である。
 乗りこんで、座席に、そ〜っと座る。

 ぐぎゃあー!!

 移動中も、道のちょっとしたデコボコのたび、ぐぎゃあー、ぎゃぴいー、とノドまで出かかる。
 おっかさん。オレ、もうだめだよ。
 ああ、でも、あと10分ほどのガマンだ。もう少しだけ辛抱すれば、この地獄も終わる。

         ◇

 肛門科に到着。
 走り去っていくタクシーを、見るともなく見送る。
 助かった……。
 それにしても、痛い。医院のなかまで車で入ってほしかったくらいだ。
 さあ、最後の根性をふりしぼるぞ。そろり、そろり、なるべく肛門がすれないように気をつけながら、医院の入口まで歩く。涙がにじむ。
 玄関までたどりついた。
 こんな札(ふだ) がさげてあった。

「本日休診」


      (『1日2食の健康革命』vol.287〜289)

          ◇

 二度とあの激痛は、ごめんこうむる。

 だが、意に反して肛門は、7年前のあのときとそっくりにぷくぷく膨(ふく)れてきた。
 とうとう座れなくなった。イスの座面におしりが触れると、あまりの痛みに飛び上がってしまう。
 それでも、ぷくぷく腫(は)れた肛門にさわりさえしなければ痛くはなかったのだ。

 だが日に日に雲行きが怪しくなってきた。

 ジッとしていても、針で突き刺すような痛みが、つねに肛門を襲うようになった。
 これは大げさな比喩ではない。針を何本か、あるいは何十本か刺されているかのようなのだ。
 夜も眠れなくなった。なんとか、そうっとあお向けになることはできても(それでも激痛に悲鳴をあげながらだ)、ちょっとでも股をこすらせたり寝返りなんか打とうものなら、刺されていた何十本かの針を動かされたような、信じがたい痛みが尻から脳天まで走りわたって目が覚め、しばらくは気も狂わんばかりに悶え苦しむ。30分か1時間もすると、少しは痛みがマシになり、眠りにつけるのだ。
 しかしウトウトすると、つい動いてしまって、元のもくあみになり、気がつくと朝になっている。熱は、運がよければ37℃まで下がっていた。

 やつれた。
 たしか45キロほどあった体重は、42キロになっていた。
 おしりのぷくぷくはというと、ミカンのL玉くらいの大きさに広がっている。ここに指1本でも、いや、はいているパンツがちょっと動いて布地がかすっただけでも気を失いそうになるほど痛い。

 通っている鍼灸院(しんきゅういん)に、友人が車で運んでくれた。応急処置をしてもらうのである。
「ここまでみごとな肛門周囲膿瘍(こうもんしゅういのうよう) は、めったにないですねえ」
 そういいながら鍼灸師さんは注射器をとりだした。
「ウミを吸いとっておきましょう」
 ぷくぷくに、グサリと刺さる感触があった。

 私の悲鳴が鍼灸院をゆるがした。

 (つづく)




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 ◆ 編集後記
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
kao05.jpg 鍼灸院、あいててよかった。





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